時と狭間 第2話

 目を覚ますと、辺りは日が暮れ始めたいた。腕時計を確認する。充分すぎるほど眠ってしまっていたらしい。そう思ってベンチから立ちあがると、音がした。今日、初めて聞く他人の足音だ。
「高木……くん? 高木隆介くん?」
 声のした方を見ると、見覚えのある女性が立っていた。
「もしかして、夏井さん?」
「覚えていてくれてたんだ。会うのは何年ぶりかな」
 彼女は高校生時代の同級生であり、私の初恋の相手でもあった、夏井春香だ。彼女が茨城に転校した後は、どうなったのか分からなかったが、帰って来ていたのだろうか。
「不思議に思ってるよね。私、最近帰って来たの。高木くん、全然変わってないね」
「夏井さんこそ、あの頃と同じだよ」
 そこで会話が途切れる。私はあわてて話題を考えようとするが、すぐには思い浮かんで来なかった。
「私が転校するまでは、あまり話したことってなかったよね」
 確かに彼女と話したことはあまりなかった。話す勇気がなかったからだ。
「あ、でも一度だけあったね」
 私がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「高二の時、私が先生に頼まれて運んでいたプリントを落としたら、高木くんが一緒に拾ってくれたんだよね」
「それが初めてだった気がするよ。僕と夏井さんが話したの」
 そしてまた会話が途切れる。
「あ、あのね、高木くん。私、あなたに言いたいことがあるの」
 妙に改まった言い方が気になったが、先をうながす。
「実は……私、転校するまでも、した後も、ずっと高木くんのことが好きだったの」
 突然の告白に、ただ驚くことしかできない。まさか彼女がそう思ってくれているとは思っていなかったのだ。
「ごめんなさい。いきなりこんなことを言われても、困るよね」
「いや、いいんだ。僕も君が……夏井さんが好きだったから」
 私の返事に、彼女は困惑した表情を見せた。私もまさか、たった一度しか言葉を交わしたことのない彼女と、両思いだとは思っていなかったのだ。こんなことなら、彼女に告白しておくべきだっただろうか。だが、それだと今日子や昇平と会えなくなってしまう。
「私たち、両思いだったんだね」
「そ、そうだね」
 過去を悔いる度に、今日子と昇平の顔が思い浮かぶ。
「ねぇ。もし良かったら私たち、付き合わない? 私、転校してからもずっと後悔してたの」
「……それは無理だ。僕には妻と息子がいる」
 私がそう言うと、彼女は後悔の表情を見せた。
「ごめんなさい。私、何も知らなくて……」
 そうだ。私には今日子と昇平がいる。何を後悔しているんだ。私は今、幸せじゃないか。
「別に良いんだ。夏井さんも早く幸せになると良いね」
「うん。私も高木くんに負けないよう、頑張る」
 彼女が笑みを見せたので、ホッとする。
「今日は一緒に話してくれて本当にありがとう。すごく楽しかった。絶対に忘れないから……」
「こっちこそ、楽しかったよ。またいつか会おう」
 私がそう言うと、最後にもう一度笑顔を見せて、彼女は去って行った。最後まで見送りたかったが、途中で彼女の姿を見失ってしまう。そこでまた、突然睡魔に襲われた。