サプライズ 第3話

 私たちは、三人でレッドダイヤモンドを手に入れるための計画を練りに練ったあと、梢の家へと向かった。
 梢の家は、一度見れば必ず忘れはしないだろう大きな豪邸。猫が七匹住んでいて、猫専用の部屋もあるのだとか。楓から様々な話を聞いて、一度は行ってみたいと思っていたのだが、まさかこんな形で夢が実現することになるとは。
 鉄製の門を抜けてしばらく庭を奥へ奥へと進んで行くと、豪華な玄関が姿を見せた。玄関だけに一体いくらかけているのだろう。母が今の家を買った値段を超えるのではないか、そう思えるほどの豪華さだ。
 この家では猫を七匹飼っているからと、アッシュの出入りは自由。なので、気にせずアッシュを連れて家に入ることができた。
 アッシュは我が物顔で廊下を歩き、他の猫に出会って威嚇されても無視。暴れて高級な壺でも割らなければいいが。
 リビングでは梢の母がソファに座り、ブラシで一匹の猫の毛の手入れをしていた。アッシュはブラシを見ると飛んで逃げて行くので、ああやって大人しくしている猫を見ると羨ましくなる。
「あら、いらっしゃい。今日は友達が遊びに来るなんて聞いていなかったけど?」
「じ、実はその……」
 梢は緊張した面持ちで、どう話を切り出すか悩んでいるようだ。
「お菓子か飲み物がほしいの? 私が用意できるものならなんでも用意するわよ?」
 この言葉を聞いて、梢は意を決したように口を開いた。
「わ、ワタシ……レッドダイヤモンドを借りたいの」
 梢の母は目を丸くし、「借りたい?」と聞き返す。
「その、私のとある友達がレッドダイヤモンドを見たいって言うから……」
「見せるだけならまだしも、家から持ち出すわけにはいかないわ。あれはとても大切なものだから」
 そこで私は梢に目で合図を送った。私が考えた嘘をついてもらうのだ。
「実はその友達、病院に入院していて、死ぬまでに一度でいいからレッドダイヤモンドを見たいって。だからどうしても見せてあげたいの。お願い、必ず傷一つつけずに返すから」
 最後を強調して頼み込む梢。それでも首を縦に振ってくれる様子はない。同情を買う作戦は失敗だった。
 ここで諦めるわけにはいかないと次の手を考えていた時、不意に誰かがリビングに入って来た。
「今戻りました。あらまぁ、お客さんがいらっしゃっていたのですね。今すぐお飲み物をご用意いたします」
 家政婦らしき女性は私たちに頭を下げると、買い物袋を抱えてキッチンの奥へと消えて行った。今の家政婦がまるでうちの母のようだったので、なんとなく貧富の差を見せつけられた気分だ。
「お願い、お母さん。どうしてもレッドダイヤモンドが必要なの」
「そのお友達には悪いけど、駄目なものは駄目よ。あれは子どもが持ち歩いていいようなものじゃないの」
 梢の母は一歩も譲らない。
 私は助けを求めようと保見の方に顔を向けたが、彼の興味は家具や絵画へと移ってしまっているようで、まるで話を聞いていない。
 ここは私がなんとかするしかないなと、梢の母の前に出た。
「私からもお願いします。妹の――楓の命がかかっているんです」
「楓ちゃんの? では病気で入院しているっていうのは、楓ちゃんなの? でもつい最近見かけた時は随分と元気そうに……」
「それは私の考えた嘘です、ごめんなさい! でも、楓の命がかかっているというのは本当です。どうか、しばらくの間だけレッドダイヤモンドをお借りできないでしょうか」
 梢の母は初めて悩むような表情を見せた。もう一押しすれば首を縦に振ってくれるはず。
「お願いします」
 私と梢は頭を下げた。我関せずとしていた保見も無理やり引き寄せて頭を下げさせる。
「そうねぇ……本当に傷一つつけずに返してくれるのなら、今回だけは特別に貸してあげる。楓ちゃんに何があったのかは知らないけど、絶対に見せるだけで、触らないって約束してね」
 ついに梢の母から許可を得ることができた。私は梢と一緒にガッツポーズをする。この調子なら午後六時に十分間に合いそうだ。
「ありがとうございます」
 私と梢は再度頭を下げる。
「金庫室に案内するから、ついていらっしゃい」と言って立ちあがる梢の母。
 私たちは金庫室へと向かう。さすがにアッシュは連れて入れないとのことだったので、リビングで待っていてもらうことに。
 私の後ろを歩く保見は、先ほどからまったくといっていいほどに喋らない。気難しい顔をしてただ黙ってついて来るだけだ。どうせまたおかしな考え事でもしているに違いないので放っておこう。
 地下室の階段を下りればすぐに金庫室、というわけではなかった。一階と同じような内装になっていて、まるでまだ一階にいるかのように錯覚してしまう。
 たどり着いたのは重々しい鉄製の扉。ここが金庫室の入り口だろう。話に聞いていた通り天井には監視カメラが設置されていて、今も誰かに見られているのかと思うと居心地が悪い。
「念の為にもう一度聞くけど、絶対に傷つけず、すぐに返すと約束する?」
「はい」
 私と梢は同時に返事をした。梢の母は「いいでしょう」というと金庫室を開け、その部屋の中にあった金庫のダイヤルを回す。
 金庫の中には長方形の煌びやかな宝石箱が入っていて、宝石箱だけでも相当の値段になるのではないだろうかと感じさせられる。この中にレッドダイヤモンドが入っているのだと思うと、緊張で汗が出てきた。
「落とさないように気をつけて」
 梢の母は梢に宝石箱を慎重に渡す。梢はそれをそっと自分の鞄にしまう。
「さぁ、楓ちゃんのところに持って行く前に、リビングで体を温めなさい」
 金庫室から出た私たちは一階に戻り、家政婦が用意してくれたホットミルクを飲み干す。心の底から温まるようだ。しかし楓は今、冷たいところで一人寂しく助けを待っているのだろうか。そう思うとおいしいホットミルクもまずくなってきた。
 体が温まったところで、再度梢の母に礼を言った私たちは柊家をあとにする。
「保見くん、さっきからどうして一言も喋らないわけ?」
 鉄製の門を出たころ、私は歩きながら保見にそう聞いた。
「なぜって……気づかなかったのか? あの部屋には盗聴器が仕掛けられていた。迂闊に喋るわけにはいかなかったのだよ」
 突拍子もない話しに私と梢は驚く。
「保見くん、それ本当なの?」
「もちろん。この私はただ無意味に部屋を見回っていたわけではない。リビングのとある骨董品の真後ろに仕かけられていたよ」
 保見が盗聴器に気づいて黙っていたとしても、私と梢は盗聴器のことなど知らずに平然と会話をしていた。もしあそこで私か梢が「楓が誘拐された」と話していたら、今ごろ楓は殺されていたではないか!
「でもどうやって盗聴器なんか仕掛けたのかしら。見たところ防犯対策はバッチリだし、こっそり部屋に侵入するのは難しいと思うんだけど」
 私のそんな疑問に保見が待っていましたとばかりに答えた。
「それはもちろん、日ごろから梢の家に出入りでき、どこに盗聴器を仕掛ければいいか心得ている人物だ! そう、それはつまり梢のお母さん!」
 最後の一言が余計だが、それ以外は納得のいく内容だ。
 日ごろから柊家に出入りでき、柊家に恨みを抱いている人物……私はある一人の人物が浮びあがってきた。
「犯人が分かった!」
 そう口にしたのは私ではなく保見だった。またくだらない適当な推理だろうかと苛立ちながらも聞いてみる。
「犯人はきっとあの家政婦だ。家政婦なら家に簡単に出入りできるし、先月は梢のお母さんともめていたという。それにレッドダイヤモンドが柊家にあることだって知っている。どうだ、この私の推理!」
 私は唖然としてしまった。まさに今、保見とまったく同じことを考えていたからだ。
「すごい、ワタシも今ちょうどそう考えていたところ」
 なんと梢も同じことを考えていたらしい。
「実は私も」と最後に言った私は、なんだか二人の流れに乗っただけのように感じられる。
 三人とも同じ考えということは、やはり家政婦が犯人なのだ。
 私たちは来た道を走って戻り、鉄製の門にたどり着く。
 門をくぐろうとした私と梢を保見が呼び止める。
「ここに封筒が張りつけられているみたいだ」
 鉄製の門の横のコンクリートの壁に、今までと同じような可愛らしい封筒が張りつけられていた。これは犯人からのメッセージに違いない。
 保見がそれを剥がし、封筒の中に入っていた便箋を取り出す。
『レッドダイヤモンドの入手ご苦労様でした。午後六時までに下記の住所の廃ビルの三階までお越しください。レッドダイヤモンドと楓ちゃんを交換いたします』
 犯人からのメッセージの下にはどこかの住所が書かれている。
「ふむ、この場所なら家の近くだ。ここから歩いてもそうかかるまい。どうする? 家政婦が梢の家にいる間にここに乗り込むか?」
「ええ、私はそうする……二人は? もし犯人が家政婦じゃなかったら、私たちは犯人のいる場所へ丸腰で行くようなものよ。それでも一緒に来る?」
「私は武勇伝の一つに加えたいので、ぜひとも参加させていただきたいものだね」
 保見の返事は予想通りだが、梢はどうするべきか決めかねているようだ。頼りになりそうなのが二十歳でフリーターの私一人なのだから、不安になるのも仕方がない。しかし、私だって何も考えていないわけではない。私には犯人に出会った時のある秘策があった。最高に馬鹿げてはいるが、今までに考えた中では最高の案。
「……ワタシ、行きます。楓は私の親友だから」
 梢は決心したようにそう言った。私は思わず目が潤む。楓の姉として誇らしい気持ちだった。
「ああ、私も同じことを言おうと思っていたよ。そう、楓は私の親友!」
「あーそうですか。梢ちゃん、行こう」
 時刻は四時三十分。少しずつ辺りが暗くなってくるころだ。真っ暗になる前に楓を救出して、そして……家で誕生日ケーキを食べたい。