サプライズ 第2話

 窓から差し込める太陽の光で目が覚めた私は、ゆっくりと体を起こして瞬きをする。
 昨日よりも随分と綺麗になった寝室で二十歳の朝を迎えられるとは、占いもたまには当たるのかもしれない。
 そうだ、私はついに二十歳の誕生日を迎えた。二十歳になったからといって、心身ともに昨日からなんら変わりはない……それでも二十歳というのはどこかウキウキする響きだ。成人式には結局出なかったが。
「おはよう、アッシュ」
 隣で眠っていたアッシュは大きく伸びとあくびをし、返事をするかのように尻尾を一度振った。
 アッシュは楓が柊(ひいらぎ)梢(こずえ)という名前の親友から引き取った猫だ。梢はたまたま生まれて間もない子猫を拾ったのだが、すでに猫を七匹飼っていることから育てることができずに途方に暮れていた。この話は、猫を飼ってみたいと言っていた楓と母にとってそれはちょうどいいチャンスだった。
 こうしてアッシュは我が家にやって来たのだが、どうしたことか今は私に一番懐いてしまっている。楓からアッシュの世話を押しつけられていたせいだろうか。最初は乗り気でなかった私も、次第にアッシュの可愛らしさに気づいてしまい、今に至る。
 私の朝は大抵アッシュの散歩からはじまる。今日はいい天気のようだし、散歩日和……なのだが、何分寒いのでなるべく外出は控えたい。昼食後にケーキを買いに行く予定なので、その時に散歩も済ませてしまえば一石二鳥。アッシュだってきっと、散歩の時間が朝でも昼でも気にしないはず。
 今日の予定は頭の中に思い描きながら、アッシュを引き連れてリビングに向かう。すると、驚いたことにリビングには楓の姿がなかった。いつもなら寒いからと家で唯一暖房のあるリビングで震えている時間帯だ。
「おはよう」
 朝食を食べていた母が私に気づいて挨拶をする。挨拶を返した私は不思議に思いながらも洗面所へ続く扉を開けた。
 洗顔と歯磨き、そして朝食まで済ませたというのに、楓はまだ姿を見せない。ぐっすりと眠っているのか、寒くて布団から出られないか。いつまでもこのままにしておくとあとで「どうして起こしてくれなかったの」などと言われかねないので、私はやれやれと呆れながら楓を起こしてやることにした。
「楓、もう朝だよ」
 扉をノックした私は楓の返事を待つ。
「あっという間にお昼になっちゃうよ」
 なかなか返事がこない。寒くて布団から出られないのであれば布団をはぎ取ってやろうと思い、扉を開けてみる。
 部屋に楓はいなかった。
 私の何倍も散らかっている楓の部屋を、端から端まで見回す。
 床に投げ出された教科書にノート。寝相の悪さで乱れたベッドのシーツ。人のことを言えないが正直足を踏み入れたくない。
 何気なく机に目をやった私は、その上に封筒が置かれていることに気づいた。机の上だけは異様なほど綺麗に整頓されていて、その封筒が目立つようになっている。まさかこれは私へのメッセージ? 誕生日おめでとうなどと書かれていたらきっと泣いてしまう。
 ドキドキしながら机に近寄り、封筒に手を伸ばす。楓が好みそうな可愛らしい封筒で、シールで封をされていた。
『お姉ちゃんへ』
 封筒にはそう書かれていて、これが私に宛てたものというのは当たっているようだ。
 シールを慎重に剥がし、中に入っていた便箋を取り出した。
『丘野(おかの)楓は預かった! 返してほしければ私の出すヒントに従って目的地へとたどり着け』
 この手紙には"お誕生日おめでとう"の文字がどこにも見当たらないようだ。おまけにこのふざけた文章! 私の誕生日におかしなことを考えるのは楓しかいない。筆跡は明らかに母のものだが、立案者は楓に違いないという確信があった。
 さらに読み進めてみると、最初のヒントが書かれていた。
『灯台下暗し。次の目的地へと進むヒントは鍵の在り処に』
 首を傾げる。ナゾナゾや言葉遊びなど様々な可能性を考えてみるも、すぐにはピンとこない。
「アッシュは分かる?」と聞こうと思って見下ろしてみると、ついて来ているはずのアッシュの姿がない。きょろきょろと見回すと、部屋の入り口からこっちを見つめていた。どうやら部屋が汚いので入りたくないらしい。
 私はこのヒントを何度も読み返してみながら階段を下りる。
 鍵の在り処と言われて最初に思い浮かぶのは、私たち家族の自転車の鍵がまとめて置いてある靴箱の上だ。まずはそこから探してみよう。
 数分ほど靴箱を探してみたのだが、ヒントの紙らしきものは見当たらない。
「優衣、どうしたの?」
 物音に気づいたらしい母がリビングの扉から顔を出す。
「探し物だよ。この紙に書いてあるの」
 母に紙を見せるが、眼鏡をかけていないために見えなかったようで、スリッパでパタパタと音を立てながら私に近寄る。
「ああ、それね? 残念だけど答えは教えてあげないわよ」
 やはり母も知っているのだ。どう見たってこれは母の字だから。この文章を考えたのも母かもしれない。楓はこういった文章を思いつくほど賢くない。
「じゃあさ、靴箱の近くっていうのは合ってる?」
 母は答えまいと口を固く結んでいるのだが、どこか笑いを堪えているようにも見える。私としたことが、見当違いの場所を探しているに違いない。
「ここじゃないのね、分かった」と言って二階に向かう。
「昼食までには頑張って見つけなさい」
 母の声が背後から聞こえてきた。
 ヒントに書かれている「灯台下暗し」の意味は確か「身近で起こっていることは案外分かりにくい」という意味だったはず。それとヒントの場所とどう関係が?
 時計の針が十一時を回っても未だに見つけられずにいる私の後ろを、ただ黙ってついて来るアッシュ。そして私がリビングに戻って来る度に笑いを堪えている母。
 次のヒントは鍵の在り処に……鍵といえば私も机の引き出しに鍵をかけている。ペン立てに隠していたのだが、昨日楓に見つかってしまった。そうか、あのあと楓に部屋の片づけを任せた。あの間に何かを仕込むことは可能だ。
 私はついに答えにたどり着いたとニヤニヤしながら自室の扉を開け、ペン立ての中を見てみる。案の定、ペンのように細長く丸められた紙を発見した。紙をとめていたシールを剥がし、広げてみる。
『そこは子どもや大人が笑う場所。ジャングルや砂漠が広がっている。次の目的地へのヒントはそこの"オアシス"に』
 これは……次のメッセージがあるのは海外? いやいや、そんなはずはない。楓や私はパスポートを持っていないし、そこまで大規模なことはしないはず。
 とにかく、この家の中にはジャングルや砂漠がないことは確かだ。目的地が植物園であれサファリパークであれ、昼食を食べてから出発した方がいいだろう。それまでに大体の場所を絞り込まないと。
 膝にアッシュ、右手には箸、左手にはヒントの紙。考えながら食べるとなかなか食が進まず、食べながら考えるとなかなか思いつかない。
 結局母に「食べるか考えるかどっちかにしなさいな」と怒られたので、私は昼食に集中する。
「ジャングルや砂漠ってなんなのよ! 住所くらい書いてくれたっていいじゃない」
 食器を流し台に運びながら私は文句を言う。
「悩んでるみたいね。その文章をそのまま解釈していたら、永遠に目的地にはたどり着けないわよ」
 今の言葉はヒントだろうか。今母が言った言葉をもう一度頭の中で復唱する。それでもピンとくるものはない。
 仕方ないので先にケーキとアッシュの散歩を済ませるとしよう。もしかすると歩いている内にひらめきがあるかもしれないし。
「ちょっとケーキ買いに行ってくるね」
「あ、優衣。よかったら私の分も適当に買って」とお札を渡す母。
 やれやれ。私には自分で買いに行けと言うのに、自分は人に任せるのか。
 昼ごはんのあとの昼寝をしていたアッシュは、私が外出するのを察知して飛び起き、すぐに私の元に駆けつけてきた。アッシュの散歩は実に簡単。勝手に私のあとについて来るため、犬のようにリードをつける必要もない。
 靴を履いた私は冬の寒さに身ぶるいしながら外に出る。使い古して少しぼろさが目立つマフラーとお気に入りのコートを着てはいるが、この寒さの前では無力だ。
 アッシュのいつもの散歩ルートを通ったあと、私は近所で人気と噂のケーキ屋に足を運ぶ。母も毎回ここでケーキを買うのだそうだ。
 アッシュを店の前で待たせ、私は二、三人の客がいる店内に入った。
 陳列ケースに並ぶのはどれもこれもおいしそうなケーキばかりで目移りしてしまう。目的は誕生日ケーキだと自分に言い聞かせ、店員にケーキを――母の分も忘れずに――注文する。チョコプレートには「ユイちゃん誕生日おめでとう」と書いてもらうことになったのだが、頼んだあとになって恥ずかしいなと後悔する。
「ろうそくの数は何本にしますか?」
「はい?」
 思わず声が裏返ってしまう。
 ろうそくの数など気にしたことがなかったが、確か年齢と同じ数だと聞いたことがある。私は今日で二十歳だから……。
「に……二十本で」
「え?」
 今度は店員が驚く番だった。客もチラチラと私の方を見てくる。やはり自分で自分の誕生日ケーキを買いに来るべきではなかったような。来年からは恥ずかしいので妹に買いに行かせようか。
「えっと、大を二本ということでよろしいでしょうか」
「あっ、大小ってあるんですか」
 それならそうと最初から言ってくれればよかったのに。私は顔を真っ赤にさせながら「それでお願いします」と伝える。
 ケーキを購入した私はケーキ屋を出る。途端に冷たい風が吹きつけてきたので思わず呻き声をあげた。
 ケーキ屋の近くでのんびりと日向ぼっこをしていたアッシュは、あくびをして起き上がりケーキの入った箱を興味津々に見つめる。
「これは私の誕生日ケーキ。キャットフードじゃないよ」
 そう言って家に帰ろうと歩きはじめたちょうどその時、曲がり角から見慣れた顔が飛び出してきた。危うく正面衝突しかける。
「ひゃっ、ごめんなさい」
 そう頭を下げたのは楓の親友の梢。何度か会話を交わしたことがあるので顔見知りだ。
「あっ、優衣さん! ちょうど今、優衣さんに会いに行こうとしていたんです」といつもの可愛らしい顔で微笑みかけてくれた。
 梢は仲良しの印なのかいつも楓と同じ髪型をしていて、血の繋がった私よりも姉妹のようである。中には双子のようだという者もいるが、楓がかけている赤い眼鏡を外せばそう見えないこともなくはないかもしれない。梢の方がずっとお淑やかで愛嬌もあるが。
「私に何か用なの?」
「優衣さん、今日が誕生日なんですよね。おめでとうございます」
 まさか梢が私の誕生日を知っているとは思ってもみなかったので、驚きのあまり咄嗟に返事ができない。
「楓から今日の優衣さんの”誕生日お祝いイベント”に参加してって言われているので、一緒に楽しみましょうね」
 梢はそう言うと、ポケットから折りたたまれた紙を取り出し、私に見えるよう広げる。
『梢へ。うちの姉が馬鹿すぎて答えにたどり着けないときは、助けてあげてね』
 その下には、ちょうど私が今悩んでいるのと同じ謎が書かれている。
 妹に馬鹿にされるのは我慢ならないが、本当に分からないので仕方がない。
「これ、昨日学校でもらったんです。ずっと前からイベントの内容を教えてもらっていたんですけど、結構本格的な謎解きですよね」
「うん、私もそう思った。一緒に頑張ろうと言いたいところだけど、これ難しすぎない? どこのことを言っているのかさっぱりだもん」
「え、これって公園のことじゃないんですか?」
 さらりとそう答える梢に私は思わず「公園?」と聞き返した。
 砂漠とジャングルとオアシスが、どうやったら公園に繋がるのか。どうにかこれらを繋げてみようと試行錯誤する私は、今になってようやく気づいてしまった。
 砂漠は砂場、ジャングルはジャングルジムのことを指すのだとしたら、それがあるのは確かに公園だ。この近所にはちょうど公園があり、幼いころは楓とよくそこで遊んでいた。
 公園ならば前半の文章の「子どもや大人が笑う場所」という部分にも当てはまる。しかし……オアシスとは一体?
「とりあえず、近所の公園に行ってみましょうか?」
「うん――あ、でもケーキを冷蔵庫にしまってきていい? ずっとこれを持ち歩くはちょっとね」
「分かりました。では先に公園でオアシスを探しておきます」
「お願い。見つけたら先にヒントを読んでもらって構わないから」
 私は踵を返して家へと急ぐ。アッシュも私の足の速さに合わせてついて来ていた。
 梢がいなかったら、今ごろ植物園にでも行っていたかもしれないと思うとぞっとする。
 家の冷蔵庫にケーキを入れ、母の分のケーキはそのまま母に渡した。そして梢が協力してくれているのだと伝えると、「やっぱり梢ちゃんはいい子ねぇ」と私の方をチラチラ見ながら言う。
「フリーターで悪かったですねぇ」
 私はアッシュとともに公園へと出発した。
 公園は休日と言うこともあり親子連れで賑わっていた。この公園に砂場とジャングルジムがあるのを再度確認し、やはりここで合っているなと納得する。
 梢はどこにいるのだろうと見渡すも、なかなかその姿は見つからない。まさかオアシスとやらを先に見つけてさっさと次の場所へと移動してしまった? 梢に限ってそんなことはないと思うが……。
「あっ」と声を上げた私は、公衆トイレから出て来る梢の姿を発見する。
 梢は私に気づくと、悔しそうに「ここだと思ったのに違ったみたいです」と言った。
 公衆トイレがオアシスとはおもしろい発想をする子だ。
「オアシスってくらいだから、もっと綺麗なところだと思うよ?」
「……言われてみればそうですね」
 私と梢は二人して公園内のオアシスを探してみた。
 鉄棒、ブランコ、ベンチ、そして水飲み場。私は水飲み場をじっと見つめ、あそこがオアシスになるのではないかと思った。何も本当にオアシスである必要はない。それっぽいものを見つければいいのだ。
「オアシスって水飲み場のことかも」と呟いた私は、誰も使っていない水飲み場に近寄り、周辺を探してみる。
 アッシュは水飲み場に飛び乗ろうかどうか考えるように見あげている。手伝ってくれればいいのにと思ったが、猫には無理な話だ。
「ありましたよ、優衣さん!」
 水飲み場の裏側を見ていた梢が手招きする。
 そこには『優衣と梢以外は触っちゃ駄目!』と書かれた封筒が張りつけられていた。これは間違いなく楓からの次のヒントが書かれた手紙に違いない。しかし、封筒のシールは一度剥がした跡がある。書き直したのだろうか。
 梢が封筒の中身を取り出し、一緒に文章を読む。
『丘野楓ちゃんを誘拐しました。今日の午後六時までにレッドダイヤモンドを用意してください。そうすれば次の目的地へのヒントを差しあげます。私は常にあなたたちを見ています。警察に通報したり家族に話したりすれば、楓ちゃんの命はありません』
 少し変わった内容だなと思いながら、どこに次の目的地へのヒントが隠されているのか読み解こうとする。
「ちょ、ちょっとこれ、優衣さん……」
 ふと顔をあげてみると、梢が紙を持つ手を震わせていた。
「どうしたの? もしかしてもう分かったとか?」
「ち、違いますよ! これ、ゆ、ゆ、誘拐ってじゃないですか?」
 何をそんなに焦ることがあるのかと思いながら、もう一度ゆっくり紙に書かれた内容を読んでみる。
「こ、これはまさしく誘拐ね!」
 筆跡も今までとまた違った人物のものだし、内容も謎解き要素が一切ない。私の妹を誘拐したと淡々と説明されているだけだ。
「大変、警察に通報……しちゃ駄目なんだった。どうしよう。なんで妹が誘拐なんか! 金持ちじゃないし、生意気だし、むかつくし……」
「お、おお落ち着いてください、優衣さん。れ、冷静になりましょう」
 梢が一番落ち着きがない。私たちはどうにか深呼吸をし、目の前の水飲み場で水分を補給する。そしてもう一度手紙を読み、内容を整理することにした。
「犯人は私たちを見ているって書いてあるね。となるとあまり迂闊な真似は出来ない。梢ちゃん、この"れっどだいやもんど"って何か知ってる?」
「とても希少な赤いダイヤモンドですよ。ワタシの両親が大切にしている宝石の一つです。売れば億万長者になれるとか」
 赤いダイヤモンドがこの世に存在していたとは! ダイヤモンドすら現物を見たことがない私にとっては信じられないような話だ。改めて柊家の財力を思い知った。
「犯人はそのレッドダイヤモンドを身代金代わりにするつもりね」
「見ているだけでも叱られるので、絶対に持ち出せませんよ。親に事情を説明すればなんとかなるかもしれませんけど……」
 ここには家族には話すなと書いてある。たとえ事情を説明できたとしても、娘の親友のために希少な宝石を手放すような真似ができるだろうか? 私だったらできないだろう。
「警察にも家族にも話しちゃ駄目だなんて、どうしようもないじゃない!」
 今すぐにでも手紙を破り捨ててやりたい気分だ。しかしそんなことをしたって楓が帰って来るわけではない。
 私が思いつく選択肢は二つ。危険は承知で警察に通報するか、レッドダイヤモンドを手に入れるかだ。
「レッドダイヤモンドがあるのは梢ちゃんの家よね。梢ちゃんはどうするべきだと思う?」ともっともらしい理由をつけて梢ちゃんに選択を任せようとする私。あまりにも重い選択なので私だけでは決めることができないのだ。
「そ、そう言われても……」
 困り果てた梢は今にも泣き出しそうに目を潤ませはじめる。そんな彼女を見ていると、私もつられて泣きたくなってきた。
 誕生日に妹が誘拐されるなんて、これほど最悪なことはない! 何が絶好調だ。占いなど二度と信じるものか。
「おやおや。みなさん、楽しく水遊びでもしているのかな」
 顔を上げると、フードを被ったパーカー姿の青年が私たちの近くに立っていた。
「ホミー? どうしたの、こんなところで」と言って梢は立ちあがる。
 梢がホミーと呼ぶその青年はおそらく保見だろう。楓と梢、そして保見の三人は仲良し三人組と呼ばれるほどの仲なのだそうだ。保見は写真でなら見たことがあったが、今まで家に遊びに来たことがないので、彼と会うのはこれが初めてということになる。楓から「頭のネジが少し外れていて変わった子だけどおもしろい」と聞いたことがあるが、こうしてみるとごく普通の青年に見える。
「昨日楓にもらった手紙を読んでみたのだが、いやはや実に難解なのでこうして気分転換に公園に来てみたのだ」
 保見が見せてくれた手紙にはヒントだけが書かれていて、その下には小さく「暇なら解いとけば?」という短い文章が。親友に向けての言葉なのかと疑いたくなるほど冷たい一言だ。
 それにしても保見は、答えが分からないままにここにたどり着いたということか。すごい強運の持ち主だ。
「保見くん、ここが正解の場所なんだけど」
「ここが? おっと、そうか、そういうことか! 確かに公園は砂漠っぽいし、草とか木もあるからジャングルっぽくもあるな。しかし子どもと大人が笑う場所の意味は分からない……それになぜ水飲み場がオアシスなのか……」
 この人、馬鹿だ。
「優衣さん、ホミーになら話してもいいんじゃないでしょうか」
 梢がそっと私に耳打ちする。
 保見は家族でも警察でもないので、梢の言う通り話してしまって構わない存在だ。保見に見せたところでどうにかなることでもないのだが、私は水飲み場で見つけた手紙を見せた。
「これが水飲み場に張ってあったの」
「むむ……これは誘拐犯からのメッセージだな! 推理小説が大好きな私には燃えてくる内容だ! 安心したまえ、この私は名探偵ホミーと言われたことがある」
 どうせ夢の中で言われたんでしょ、とは口には出さないでおいた。
「レッドダイヤモンドは梢の家にある自慢の宝石だろう? 恐ろしいほど高価なものを要求するのだな、犯人も」
 そう、そうだ。犯人はレッドダイヤモンドが梢の家にあるのを知っていたから、こうしてレッドダイヤモンドを要求しているのではないだろうか。つまり犯人は梢の両親の知り合い?
「梢ちゃんの親って誰かに――」
「ふむふむ。この犯人はきっとレッドダイヤモンドがとても高価なものだと知っていたのだ。そこでここにこうしてメッセージを張っておけばその内レッドダイヤモンドが手に入ると思い……」
「ちょっと黙っててくれない?」
 年上に凄まれた保見はすっかりしょげてしまい、口をきっちりと閉じた。
「改めて……梢ちゃんの親って誰かに恨まれたりしていない? この犯人はきっと柊家をよく知る人物だと思うの」
 梢は腕組みをして考えるように目を閉じた。
「たくさんいると思います。そういえば先月、父が社員の誰かともめているところと、母が家政婦ともめているところを見かけました。私自身も、自分では気づかない内に誰かに恨まれているかもしれません」
 こんなに素晴らしい女の子が、誰かに恨まれるわけがない!
「つまり犯人はその内のどちらか……? 安易な考えかな」
「可能性はあると思います。どちらもレッドダイヤモンドの存在は知っていますので」
「まぁ、犯人が分かったところでどうしようもないんだけどね」
 肩をすくめてそう言った私に、ついに我慢できなくなったのか、黙っていた保見が口をはさむ。
「梢が家からレッドダイヤモンドを取ってくればいいだけの話では?」
 レッドダイヤモンドは見ただけでも叱られるというのに、そう簡単に手に入るわけがない。まったく、保見はろくに役に立たないではないか。だから楓は手紙に「優衣を助けてあげてね」とは書かなかったのだ。保見が馬鹿だと知っていたから。
 それに、レッドダイヤモンドが梢でも簡単に持ち出せる代物なら、きっと今ごろ泥棒が持ち去っていることだろう。
「梢ちゃん、レッドダイヤモンドがある場所って知ってる?」
「家の地下にある金庫室の中の金庫の中の宝石箱の中に入っています。金庫室への鍵と宝石箱の鍵は母が持っています。金庫のダイヤル番号も母が。金庫室の入り口と金庫室の中には監視カメラが設置してあるはずです」
 頭が痛くなりそうなほど厳重な守りだ。しかし、レッドダイヤモンドへと通じる鍵をすべて梢の母が持っているのなら、どうにかなりそうな気もする。
「我ら三人が力を合わせれば、その固い破りを打ち破れるのではないだろうか」
「具体的にどうするわけ?」
 保見はニヤリと得意げな笑みを浮かべると、こう言った。
「土下座だ」
 数秒間の沈黙。
「もう保見くんは帰っていいよ。いても場が混乱するだけだし」
「なぜかね! 私だってこうして楓を必死に助けようとしているのに、なぜその熱意が伝わらない!」
 耳元で怒鳴られたため、私は耳を塞いだ。
「あの、ワタシやってみます」
 私と保見の間に割って入った梢は、私の方を見て言った。
「母を説得してレッドダイヤモンドを手に入れます」
「梢ちゃん……ありがとう、私の妹のために」
「心配するな、梢。たとえレッドダイヤモンドが犯人の手に渡ったとしても、我々がもう一度奪い返せばいいだけの話なのだから」
 初めて保見の口からまともな言葉を聞いた気がし、思わず拍手をしそうになる。
 保見の言う通り、レッドダイヤモンドを渡し、楓を救出したあとに奪い返すという方法もある。そうすれば楓もレッドダイヤモンドも無事というわけだ。
 警察に頼らず、ただのフリーター一人と未成年二人でうまくやれる自信はないが、楓の命がかかっている。そう考えればどんなことだって乗り越えられる気がした。