ストーカーおじさん 第7話 7月5日(金)

 その日はいつもより早く目が覚めた。ストーカーのことが気になって、ろくに眠れなかったのだ。隣を見てみると、薫もちょうど起きたところだったので、私たちは二人でガレージの様子を見に行くことに。
 私が貼っておいた張り紙は消えていた。その代りに一枚の紙がカゴの中に入っている。
『ごめんなさい、もうしません』
 白い紙にはその一文だけが書かれていた。
 そこに書かれている文字が見間違いではないことを数回の瞬きで確認し、薫の方を見る。薫は安堵の表情を浮かべているが、きっと私も同じような表情をしているに違いない。
 ずっと胸の中にあったもやもやが、ようやく消え去ったかのような、そんな気分だ。
 紙を拾いあげ、カゴの中にまだ何か入っていないか確認するが、入っていたのはこの紙だけだった。
「この言葉、信じていいのかしら」
「今は信じるしかないよ」
「そうね……」
 留美子と薫を見送ったあと、私はすぐに留美子の部屋に向かい、枕を持ちあげる。そこには私に言われた通りに栞が置いてあった。これがストーカーからの贈り物だったと分かっていれば、留美子に渡したりなどしなかった。
 栞とともに部屋を出ようとしたところ、ふと床に置かれた未完成のミルクパズルに目がいった。あともう少しで完成しそうだ。まだ誕生日から一週間も経っていないのにと、私は苦笑する。
 栞は紙と一緒にゴミ箱に放り込んでおいた。薫へのメッセージが書かれた写真は、一枚残らず細かく破り捨てる。どれもこれも二度と見たくない。
 午後、木之本家を訪れた私は、幸恵に例の張り紙の件について話した。
「ね、私の言った通りだったでしょ! あのストーカー野郎、いまごろどんな顔してるかな」と誇らしげに言う幸恵に、私は何度も礼を言う。
 白いバラの花束は今、リビングの棚に飾られていた。ストーカーからの贈り物という点を除けば、とても美しく見える。その白さはどこか留美子のミルクパズルを思い出させた。
「知ってた? 九十九本のバラの花束には意味があるんだよ」
 私が白いバラに視線を向けていると、それに気づいた幸恵がそう言った。
「意味?」
 私が知らないことを話すときの、いつもの得意げな表情を浮かべる幸恵。
「永遠の愛……だってさ! ストーカーからのメッセージだって考えると、気持ち悪いったらありゃしないけど、いい言葉だよね」
 永遠の愛――あまりにも一方的で私の気持ちを無視した言葉だ。
「もしまたストーカーが動いたら、いつでも知らせてよね」
「もちろん、その時はお願い」
 椅子から立ちあがり、幸恵に「真志さんにもありがとうと伝えておいて」とお願いし、木之本家をあとにする。
 正体不明のストーカー……その正体は何者だったのか。どんな人間で、どこに住んでいて、なぜこんなことをしたのか。そのすべてが分からず仕舞いだ。ただ分かっているのは、私に一方的な感情を抱いていることだけ。
 明日から、私の幸せな人生は戻ってくるのだろうか。