ストーカーおじさん 第2話 6月30日(日)

「いらっしゃい」
 扉を開け、木之本一家を迎え入れる。
 亮くんの次に入って来た真志さんは、「お邪魔します」と言って扉をくぐった。その手には紙袋が。留美子へのプレゼントであろうことは容易に想像できるのだが、一体何が入っているのだろうか。私がプレゼントをもらうわけでもないのに、ついつい気になってしまう。
「亮のおかげで今回の誕生日プレゼントは比較的、早く決まったんだよ!」
 幸恵の自慢げな顔を見て不安を覚える。亮くんが一緒だったのならおかしなものを買っていないはずだが、それでも不安だ。
 いつもは三人だけしか集まらないリビングも、六人の人間が集まるといつもより明るく感じられた。テーブルの上に飾られた花束は留美子も気に入ったらしく、昨日は花瓶から取り出そうとしているところを危うく止めたのだ。
「留美、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
 亮くんが留美子に誕生日プレゼントを渡すようだ。真志さんから紙袋を受け取り、それを留美子に手渡す。
「これ、ぼくが選んだんだよ」と幸恵そっくりな自慢げな表情で言う。
「開けるね」
 留美子は紙袋から包装紙に包まれたものを取り出した。包装紙を破かないよう、慎重にテープを剥がしていく。この几帳面さは、おそらく私と薫から受け継がれてしまったものだろう。
 木之本一家からの誕生日プレゼントは、なんとジグソーパズルだった。数か月前に一度、留美子がジグソーパズルにハマっているのだと幸恵に話したことがあるが、まさかそのことを覚えていてくれたのだろうか。
「すごい、これ真っ白だ!」
 留美子が言った通り、このジグソーパズルには絵柄がない。言葉通り白一色だった。
「ぼくね、店員さんに、一番難しいのくださいって言ったんだ。そしたら、そのパズルが一番難しいですよって教えてくれたんだ」
 真っ白なパズル。留美子は今までにやったことのないパズルを前に興味津々だ。
「ミルクパズルと呼ばれるものだね。難易度は確かに高いけれど、それほど大きくはないし、強い忍耐力があれば留美子でも完成させられるんじゃないかな」
 薫が留美子にそう説明する。
 小学二年生には難しいかもしれないが、物事を途中で投げ出さない留美子になら、確かに完成させられるかもしれない。
 ただ一つ問題があるとすれば、大量にあるピースを紛失すること。パズルというものは、たった一つのピースの紛失も許されない。すべてのピースが揃ってこそ「完成」と言えるのだ。この間、薫がそう言っていたような気がする。
「お母さんとお父さんからのプレゼントは?」
 私と薫はそれぞれ別々のプレゼントを用意している。しかし、こんなにいいものを木之本一家からプレゼントされたおかげで、私たちのハードルが上がってしまった。喜んでもらえるだろうかと緊張しながら、私は大きな袋を留美子の前に置く。留美子は袋を開け、中から猫のぬいぐるみを取り出した。
「わぁ、これ前からほしかったの! ありがとう、お母さん」
 喜んでもらえたようで何よりだ。留美子はぬいぐるみを抱き締め、満面の笑みを浮かべる。
「あなたのプレゼントは?」と言って薫の方を向くと、「これは困ったなぁ」と薫が頭を掻く。
 薫が袋から取り出したのは、なんと私と同じ猫のぬいぐるみだったのだ。
 留美子がこのぬいぐるみをほしいと言っていた時、薫もその場にいたことを考慮していなかった。
 幸恵は笑いでも堪えているのか、口を押え、そっぽを向いて震えている。
「二人して同じもの買うなんて、さすが夫婦って感じでいいじゃないか」
 真志さんはフォローしているつもりなのか、からかっているつもりなのか。幸恵と同じように今にも笑いそうなその顔からして、後者だろうということが分かる。
「どうしよう?」
 困り果てて薫に助けを求めた私。すると留美子が薫からぬいぐるみを受け取り、「私、どっちも大切にする!」と言ったのだ。
「でもいいの? 同じぬいぐるみなのに」
「お母さんがくれたのと、お父さんがくれたのは、同じじゃないもん」
 留美子は二つのぬいぐるみを抱き締める。
「留美子ったら……」
 娘にこんなことを言われたのは初めてなので、ついつい目が潤んでしまう。
「うぅん、いい親子愛だよ、感動したよ私」
 さっきまで笑いを堪えていた幸恵は、今度は私と同じように目に涙を浮かべている。感情豊かな人間だ。
「ありがとう、留美子」と言って薫は留美子の頭を撫でる。
「ねぇ、わたしお腹へった。ケーキ食べたい」
「いいわよ。さぁ、仕切り直して楽しみましょう」
 冷蔵庫から誕生日ケーキを取り出す。私の手作りなため、喜んでもらえるかどうか心配だ。ケーキの真ん中にはチョコレートでできたプレートがあり、そこにはチョコペンで文字を書いている。
「たんじょうびおめでとう、るみこ」と。