線香月 第9話

八月一日

 長く続いた台風はおさまった。私の夏休みの宿題も、ついに終わった。今日からはお祭りの準備が本格的に行われるらしい。雨が降らないことを祈らないとね。私達が集めた資金が今日、屋台の一部に変わるんだろうなぁ。そう言えば、メイド服を着せようとか言っていたっけ。時真の家に行こうっと。
「由子、携帯に電話よ」
 一階からお母さんの声が聞こえた。ついつい携帯を一階に置いたままにしちゃうんだよね。あまり使わないから。
「今行く」
 まだ寝ている慧は、私が大声を出しても起きる気配がない。永遠に眠らせておこう。
「もしもし、何?」
 久しぶりに夜桜から電話がきたかも。
『募金で集めたお金が、誰かに盗まれたんだってよ』
「そうなんだ……って、えぇ!」
『そんなボケはどうでも良いぞ』
 いやいや、びっくり。せっかく集めたお金を盗むなんて。私の正義の由子パンチでコテンパンにしてやる。
『でだ。俺と夏雪が呼ばれたんだが、めんど……忙しいから由が解決してこい』
 今めんどうって言おうとした。
「一大事だってことは分かったし、犯人は捕まえたいんだけど、他の人にやらせれば? かわいい乙女にはやらせない方が良いわよ」
「近所じゃ、何でも暴力と恐怖で解決する女って言われているぞ」
 そ、そんな馬鹿な。
「ちょっとだけ嘘だ。じゃあ、よろしくな」
 電話が切れる。
「ちょっとだけ嘘ってどういう意味……」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。ちょっと学校に行って来るね」
 心配してくれたお母さんにそう言い、私は帽子とゴムを取ろうとした。うーん。流石に学校で変装する必要はないか。
「お昼までには戻れると思う。行ってきまーす」

「お金だけがなくなっているみたいね」
「うん、俺もそう思ったぜ」
 蒼島先生の机の下に、募金箱は五つちゃんとある。
「犯人は、お金を何か別の袋に入れたのかも」
「うん、俺もそう思ったぜ」
「時真、あんたちょっとうるさい。お黙り」
 私は、隣に立っている時真にそう言った。
「俺の意見を言っただけなのに」
「ん、なぁ蒼島、この学校に監視カメラとかないのか?」
 時真の頭を叩いた神崎護衛が、蒼島先生に聞いた。ちなみに、今この場所には、私と神崎護衛、時真、蒼島先生の四人がいる。校長先生はややこしいことが嫌いだから、全部蒼島先生に任せちゃっているみたい。
「監視カメラって……ここは都会の学校じゃないんだよ?」
 はいはい、そうでしたね。
「目撃者は? 夏休みだったとしても、部活がある奴は登校しているはずだろ。帰宅部の俺と違って」
「なるほど。僕はここで待っているから、君達で聞いておいてくれ」
 蒼島先生は、パソコンを取り出していじり始める。
「この人、何で教師になったんだろうな」
「お金のためじゃない?」
「聞こえているよ、二人とも」
 蒼島先生にそう言われ、私と時真はすぐ黙った。
「私は美術室に行ってくるね。職員室の近くだから、誰かが何か見ていたかも」
「望みは薄いけど、俺とストーカーとで体育館に行ってくる」
 時真が自分から進んで何かするなんて。成長したわねぇ。
「ストーカーって呼ぶなよ、年上に向かって」
「えぇ? 僕のことを呼び捨てにしているのは何なんだよ」
 蒼島先生まで参加しなくてよろしい。
「蒼島は蒼島で良いんだよ」
「もぉ、喧嘩しないでよね」
 私は最後にそう言って、美術室に向かった。この学校は、一階に職員室と美術室。その他にも、校長室とかいっぱいある。二階と三階には、それぞれ理科室と音楽室なんかがある。
「失礼します」
 美術室の扉をノックして開ける。中では、夏休みの部活動が行われている。コンクールに作品を出すとか出さないとか。
「あ、美月さん。どうしたんですか?」
 そう言えば、ぴかさんも美術部だったっけな。
「顧問の先生は?」
「ちょっと用事があるらしいので、今はいませんよ」
「そうなんだ」
 美術室の中を見てみると、いろんな人が座って絵を描いている。私がたまに描いたりする絵とは、比べ物にならない。そもそも、比べてはいけない気がする。それくらいすごい。
「あ、そうだ。ぴかさん、職員室に誰かが入るところとか、見なかった?」
「職員室に? うちがトイレに行った時は、誰も見かけませんでしたよ」
 うーん、やっぱり見てないかぁ。
「私、見たわよ」
 私達の話を聞いていたとある部員が、そう言った。
「そ、その人って誰でした?」
「蒼島先生よ」
 蒼島先生が入るのは当然だからなぁ。まさか、先生がお金を盗んだなんてことはないはず。たぶん。
「他には?」
「ごめんなさいね。蒼島先生しか見てないの」
「そうですか……」
 はぁ、困った。美術部の人なら何か分かると思ったのに。
「あの、他の皆さんは、誰か職員室に入るところを見かけたりしませんでした?」
 絵を描いている全員が、私の方を見る。
「廊下でずっとおどおどしていた女の子なら、何か知っているんじゃない? 僕がジュースを買いに行った時、その子に会ったんだ」
 とある部員がそう言った。
「あ、私もそう言えば見たわね。小さな女の子が、ずっと行ったり来たりしていたわよ」
「行ったり来たり?」
「えぇ、そうよ」
 とりあえず、その小さな女の子を探してみようかな。
「ありがとうございます。邪魔してすみませんでした」
 お礼を言って美術室から出る。その後を、ぴかさんが追って来た。
「女の子のことですけど、うちもそう言えば見ましたよ」
「本当?」
 やっぱり、女の子は何かしら見ていそう。
「はい。たぶん、高校生ではないと思います。生徒の妹じゃないでしょうか?」
 ほうほう。生徒の妹さんか。中学生か、小学生かな。
「他にも誰か見たような気がするけど、ごめんなさい、覚えてないです」
「気にしないで」
 さて、情報もいっぱい集まったことだし、そろそろ……。
「あ、そう言えばぴかさん、夜桜とはどうなっているの?」
 あの愛の告白の後が気になっていたんだよね。
「な、なぜそのことを?」
 ぴかさんはそう言って、廊下に私を連れ出した。やっぱりそうなんだぁ。
「私に分からないことはないもん」
「ばれてしまっては仕方ありませんね……」
 おぉ、ついに話してしまうのね?
「実はすごく好きなんです」
「やっぱりね。そうだと思っていたの!」
 誰かに話したい。慧でも夏雪でも誰でも良いからぁ。
「誰にも話さないで下さいね」
 照れた顔でぴかさんがそう言った。
「大丈夫。人の恋の話をばらす人がどこにいますか」
「恋の話?」
 え、何その顔。私、変なこと言ったかな。
「さ、流石にゲームに恋はしていませんよ」
「ゲーム?」
 今度は私の顔が赤くなる番かも。
「もしかして……ゲームがすごく大好きなの?」
「えぇ、そうですよ。親戚の夜桜君から、たまにおもしろいゲームをもらったりしているんです。でも、美術部なのにゲームが好きだなんて思われたくなかったから……」
「そ、そうだったんだ……」
 夜桜の恋の相手は、絶対にぴかさんだと思っていたのに。ミツコお姉さんも、がっかりしそう。
「どうかしたんですか?」
 夜桜と付き合っているんだって思っていました、とは言えず。
「うちのせいだったらすみません。人から勘違いされやすいタイプなので」
 本当だよ。すごい恥ずかしい勘違いをしちゃったじゃないの。
「だ、大丈夫だから。な、何も勘違いとかしてないから」
 うーん。結局、夜桜が持っていた本は一体どういうことなのよ。振り向かせたい女の子がいるわけでもないのに、こんな本を買うのかしら。将来に向けての準備とかかな。
「ねぇ、ぴかさん。この本って見たことない?」
 カバンの中から、ミツコお姉さんにもらった本を取り出す。
「片思いの女の子を振り向かせる方法? うちは知りません」
「やっぱりそっかぁ。いろいろとごめんね。もう部活に戻って良いよ」
「あ、はい。よく分かりませんけど、頑張って下さいね」
 ぴかさんは笑顔でそう言い、部室へと戻って行った。結局、この本って何だったんだろう。
「あぁ! ちょ、美月、その本どこで!」
「へ?」
 いきなり現れた時真は、私の手から本を奪い取った。
「どこでって……夜桜の部屋。何か知っているの?」
「いや、別に何も知りませんよ」
 顔に『嘘です』って書いてある。私を騙そうなんて、百万年早いんだからね。
「正直におっしゃい」
「マジで何も知らないんだって」
 時真は必死に赤い顔をしながらそう言う。すると、時真の後ろに立っていた誰かが不意にしゃべった。
「そ、それ、兄が家でよく読んでいた本……」
「あ、京子ちゃんじゃない。それって本当?」
 京子ちゃんは、こっくりとうなずいた。
「つまり、その本は時真の本なの?」
「ち、違う。そうだけど違う」
「時真のだったんだ……」
 夜桜が片思いをしているんじゃなくて、時真が片思い中だったわけね……。
「夜桜の家に持って行った時、置いて行っちゃったから」
「そのせいで、私はどれだけ苦労したか分かっている?」
 尾行までしたのに。
「いろいろとごめん」
「今はもう良いわ。早く泥棒を捕まえないと」
 私がそう言うと、時真は思い出したかのように妹を前に押し出した。
「こいつがさ、犯人の姿を見たらしいんだ」
 京子ちゃんはうなずいた。美術部の人が言っていたのは、京子ちゃんのことだったんだね。
「それで、どんな人だった?」
 そう尋ねても、何も言ってくれない。
「分からないなら、特徴だけでも良いけど?」
 神崎護衛の質問に、京子ちゃんは少しの間迷い、口を開いた。
「疾風君だと思う……」
「疾風君? それは京子ちゃんのお友達なの?」
 私の質問に、今度はうなずく。
「車谷疾風じゃね? 慧と京子と疾風は同じクラスだから、俺も知っているぞ」
 時真が得意そうに言う。
「車谷疾風? この前、家に来ていた気がする。私の家のお隣に住んでいるはずよ」
 それよりも、京子ちゃんは慧のクラスメイトだったのね。一人だけ学校に来ていないって言っていたけど、それは京子ちゃんだったわけか。
「車谷ねぇ。確か、お母さんと二人暮らしだったんだっけ」
 神崎護衛って、相変わらず何でも知っているのね。
「お金がなくて盗んだわけか。俺がそいつの立場だったら、やるかもな」
「どんな事情があっても、盗んだことに変わりはないわ。将来のためにも、きっちりとお説教しなきゃ」
 私はそう言って、歩き出す。
「美月の説教か。長くなりそうだなぁ」
「そんなこと言うなよ。確かに長いけど」
 二人して私のことをいじめるんだから……。

「車谷君、いないの?」
 家の前でインターホンを鳴らすけど、誰も出て来る気配がない。でも、なんとなく車谷君は、家の中にいる気がする。だって、窓からこっちを見ているんだもん。
「どうすんだよ。母親が戻って来るのを待つか?」
「ん、自分の息子がやったことを知ったら、かなりショックだと思うが」
 神崎護衛が言えることじゃないと思うけどね。
「どうにかして出てくれないかなぁ」
私達が家の前で困っていると、救世主が現れた。
「さっきからどうしたの? 家の中まで声が聞こえて来たんだけど」
 騒ぎを聞きつけた慧が、タイミング良く現れてくれる。
「ナイスタイミング。ちょっと車谷君を外に出してくれない?」
「何で? 僕、今からなっちゃんと約束があるんだよ」
「緊急事態なの」
 私が真面目にそう言うと、慧は困った様子で窓から見ている疾風君の方を向いた。
「疾風、みんな怒っているよ。何かしたんなら、早めに謝った方が良いんじゃないかな」
 大声でそう言っても、やっぱり出て来てくれなかった。
「うーん。僕でも無理みたい。疾風は一体何をしたの?」
「それが……」
 私が事情を説明しようとした時、突然玄関の扉が開いた。車谷君が出て来てくれたみたい。
「ん、慧は用事に戻ったら? 妹さんはお家に帰りなよ」
 車谷君に気を遣ったのか、神崎護衛が二人にそう言った。
「よく分からないけど、後で事情は話してね。あ、時真とは久しぶりに会ったんだし、なっちゃんに紹介したいから、一緒に行こう」
 何かしらの事情があると悟った慧は、京子ちゃんがうなずくのを見ると、引っ張って行った。結構優しい一面もあるのね。姉のくせに、気付いてなかったかも。
「さて、車谷君。私達がここにいる理由は分かるかな?」
「お、俺は何もしていませんから」
 そうは言っても、明らかに動揺している。
「金を盗んだんだろ? あれは京子が集めたお金でもあるんだからな」
「な、何もしてないんです……」
 時真の言葉にも、『何もしていない』しか言わない車谷君。本当に何もしてなかったらどうしよう。そう思い始めて来た。
「警察に言ったって良いんだぞ」
「ちょっと、大人が子供相手にそんなこと言っちゃ駄目でしょ。大人気ないよ」
「ごめん。だって、絶対にこいつ、言う気がな――」
「お、俺がやりました」
 私達は、一瞬にして静かになる。まるで、時間が止まったみたい。
「今、何て?」
 出来るだけ優しい笑顔で接する。
「だから、俺がやったんだって!」
 車谷君は最後にそう言うと、家の中に駆けこんでしまった。
「え、あ、ちょっと、車谷君」
 カギをかけられちゃったらどうしようもないかぁ。
「警察に言うのか?」
 時真がそう言うと、神崎護衛は携帯を取り出した。
「ん、そりゃそうだろう。本人がそう言ったんだし。中学生にもなって、お金を盗んじゃ駄目だよ。一度警察の人にきっちり怒ってもらわないとな」
 でも、何かおかしい。普通ならもっと隠そうとするはずだもん。あっさりと話し過ぎている。
「ねぇ、誰かをかばっているんじゃ?」
 神崎護衛が、携帯を閉じてこっちを見る。
「ん、かばうったって、誰を?」
「それが分からないのよねぇ」
 京子ちゃんに目撃されているし、車谷君が職員室に入ったのは確かだと思う。でも、先に誰かが入っていたって可能性もあるわけだし。
「仮に別の犯人がいたとしても、中学生が高校に何の用があるんだよ。京子は俺を探しに来たみたいだけど」
 そ、そう言われると困りますなぁ。やっぱり犯人は車谷君?
「……待って。京子ちゃんって、どうして私達の学校にいたの?」
 自分の妹が疑われていると感じたのか、時真は嫌な顔をした。
「だから、俺を探しに――」
「時真が学校に行ったのは、私が連絡したからじゃない。その何十分も前に京子ちゃんがいるのはおかしくない?」
 京子ちゃんに『学校に行ってくる』って伝えていたとしても、可能性があるとすれば、一緒に行くか、後から探しに行くかの二つ。
「た、確かにそうだよな」
「ん、そうだとしても、こいつの家は裕福そうだったよ? 窓から観察した限りでは」
 プライバシーのかけらもないのね……。
「ごめんね。京子ちゃんが犯人だって言いたいんじゃなくって、京子ちゃんも可能性はあるって言いたかったの」
 機嫌を悪くしたと思って、私は時真にそう言う。
「いや、可能性は可能性だ。それにあいつ、不登校になるまでは良い奴だったんだけど、今は少しひねくれているから。中学校の防犯ベルを鳴らしたことがあるし」
「それ本当?」
「まぁ、本当だ」
 じゃあ、やっぱり京子ちゃんが犯人? 車谷君は学校には行っていなかったってことだよね。あ、でも、京子ちゃんをかばったんだから、事情は知っているんだよね。うーん、ややこしい。
「もう一度車谷君と話ができれば良いんだけど」
「僕に任せてくれ」
 嫌な予感しかしないけど、ここは任せよう。近所の人が警察を呼んだって、私は知らないんだからね。
「おーい、車谷疾風。母親に迷惑かけたくなかったら、洗いざらい話すんだ」
 そんなことを大声で言っちゃ駄目でしょ、あほんだら。
「そんなんで出て来るはずがないだろ……」
 時真がそう言った後、車谷君は出て来てくれた。空気が読める子ね。
「ん、お前、誰かをかばっているよな?」
 神崎護衛の質問に、車谷君は明らかに驚いている。
「かばっているのは、俺の妹だろ?」
 最初は口を閉ざしていた車谷君は、ついに観念したって表情になった。
「……時真さんが、なぜか高校に向かっているのを見たんです。ついて行ったら、職員室に入って行きました」
 やっと車谷君がなぜ学校にいたのかが分かったわね。
「何かを持って出て来なかったか?」
「特に何も。入った時と同じカバンしか……」
 カバンかぁ。そう言えば、さっきもカバンを持っていたっけ。
「ん、数十万円程度なら、カバンにも入るけど」
「そうなの? 実物を見たことがないのよねぇ、私」
 学校の職員室に入った京子ちゃんは、お金を募金箱から出して、カバンに入れたんだ。それだと余り怪しまれないもんね。ばれない内に帰ろうと思ったら、時真を見つけたのかな。おかげで疑われなかったわけね。
「でも、どうして京子ちゃんをかばったの?」
「時真さんが不登校になったころから、よく家に会いに行っていたんです」
「マジで?」
「それで、いつの間にか仲良くなって、初めてできた女の子の友達だったから……」
 うぅ、慧と入れ替わってちょうだい。
「母親に迷惑がかからなくて良かったんじゃね。俺は妹にガツンと一発言わなきゃな」
 時真がため息を吐く。すると、誰かが私達の方に近付いて来た。
「あ、もしかしてナイスタイミング?」
 慧が京子ちゃんと一緒に戻って来たんだ。夏雪もいる。
「京子ちゃんが自白したんだ。僕と慧くんは用事があるから、後は頼んだよ、姉さん」
 京子ちゃんを一人残し、二人は去って行った。
「京子ちゃんがお金を盗んだのね?」
「……うん」
 しっかりと返事をしてくれた。
「悪いことだってことは当然分かるだろうけど、どうしてこんなことを?」
 言葉を選んでいるのか、なかなか口を開いてくれない。
「時真さんは、お祭りを中止にしたかったからやったんじゃないでしょうか」
「お祭りと言えば、中学生も参加するらしいぞ」
 うーん、よく分からない。どうしてお祭りを中止にさせたかったのかな。
「……嫌だったの」
 不意に京子ちゃんがそう言った。
「嫌だった?」
「わ、私のことをいじめた人がお祭りに参加するって、車谷君に聞いたの。だから、それが嫌で……」
 京子ちゃんの目から、涙がこぼれおちる。
「いつも私だけ不幸なの……私は何もしてないのに、いじめてきたの。あんな奴等が幸せなのはおかしい。私はこんなに不幸なのに! あんな奴等、死んじゃえば良いの――」
 平手打ちの音と共に、辺りが静まり返った。
「に、兄……」
 京子ちゃんのほっぺたを叩いた時真は、かなり怒った顔をしている。ほっぺた痛そう。
「不登校になった奴が、登校している奴に『死ね』なんて言う資格ねぇぞ。そんなに気に食わないなら、将来幸せになって見返してやれば良いだろ。負け犬みたいに吠えてんじゃねぇよ」
 時真にそう言われた京子ちゃんは、ついに泣き崩れてしまった。
「な、泣かないで、時真さん。俺が幸せになるのを手伝ってあげるから」
 車谷君が京子ちゃんをなぐさめる。
「京子ちゃん、友達ができたみたいね」
 ほほえみながら時真の方を見る。
「俺も馬鹿だよな。妹のことを何一つ分かってなかった」
「今からでも遅くないよ、きっと」
 今日が一番、男らしくてかっこよかったかもねぇ、時真。
「にしても、あいつが京子の彼氏になったら、俺は永遠に立ち直れないかもしれない……」
「そ、そこは喜ぶべきだと思うよ」
 私がそう言うと、京子ちゃんが近づいて来た。
「ほ、ほん、本当にごめんなさい。け、警察、呼ぶの?」
 京子ちゃんが、カバンの中のお金を差し出してそう言った。
「俺からも頼む。兄として、ちゃんと反省させるから」
「どうしよっかなぁ……」
 私は携帯を取り出して開く。
「や、やっぱ警察呼ぶのか?」
 時真の困った顔を見て、私は笑顔になる。
「私がそこまで意地悪だと思ったの? バーカ」
 携帯をしまってそう言う。このくらいの冗談は必要よね。
「お、脅かさないで下さいよ。俺までびっくりしたじゃないですか」
「そうだぞ、美月。俺のことを騙した罪で、警察呼んでやる」
「ちょっと、何でそうなるのよ!」
 携帯を取り出した時真にそう言った。
「ん、な、なんか、僕っている意味あるかな……」
「ごめーん。神崎護衛の存在、完全に忘れていたわ!」