線香月 第10話

八月十五日

「たこ焼き、金魚、スーパーボール、ヨーヨー。それから……くじ引きに射的、わた菓子! 夏祭りらしくなってきたなぁ」
 ここ数日、夏雪と人集めを手伝っていた慧は、上機嫌に廊下を飛び跳ねている。
「そんなに集まったの? 朱魏家からお金のにおいがするわね」
 あ、もしかして、お祭り騒ぎで観光客が怪我をすることで、病院が繁盛するかもしれないよね。それを狙っていたりして。いや、そこまで恐ろしい病院ではないか。
「僕もそう思うよぉ。いつか朱魏家の全財産がいくらなのか聞いてみたいなぁ」
 調子に乗った慧は、アイススケートみたいに廊下をすべろうとした。もちろん転んじゃって、顔面強打。ドントマインドです。
「……じゃあ、そろそろ行って来るよ……」
 うわぁ。すごくテンションが下がった。
「今日はどこに行くの?」
「都会だと思う。お好み焼きとか、たこせんべいとかだったら良いなぁ」
 テンションはすぐに戻り、また飛び跳ねながら玄関まで移動する。まぁ、残念ながら、階段を下りて来たお母さんに激突。
「あら、びっくりした。大丈夫?」
「……うん、大丈夫。ちょっと出かけてくるね。夕飯までには戻るよ……」
 結局、テンションが下がったままで出発した慧。
 私は今から何をしようかなぁ。募金活動が懐かしいよう。私達が集めたお金――大半が朱魏家のお金だけど――のおかげで、木材集めも始まったみたいだからうれしい。宿題はもう終わっちゃったし、受験勉強は夜にやっているからなぁ。
「由子ったら、そんなに暇なの?」
 一階と二階を何度も往復していると、お母さんが話しかけてきた。
「うん」
「料理の練習でもする?」
「丁寧にお断りします」
 逃げるように自分の部屋へと戻った。でも、やっぱり何もすることがない。そうだ、携帯があるじゃない。
「もしもし、時真?」
『何?』
「暇だから夜桜にメイド服を着せない?」
『勉強しろ』
 電話が切れる。私は別の人にまたかけ直す。
「もしもし、夜桜?」
『メイド服は自分で着ていろ』
 電話が切れる。
「私が考えていたことをどうして分かったのかしら……」
 それにしても、時真が忙しいなんてありえない。きっと昼寝でもするつもりね。
「由子、お客さんよ」
 お母さんの声が聞こえた瞬間に、私の心が晴れた。
「今行く!」
「由子って、本当に人気者よねぇ」
 私が人気者? とにかく、誰かなぁ。誰にせよ、暇潰しができることには違いない……。
「やぁ、美月さん」
 私が望んでいた人じゃない。
「何か用でもあるの?」
 玄関で立っている蒼島先生にそう言う。
「いやね、君が悩み相談をやっているって聞いたから」
「はい?」
 私がいつ悩み相談を受け付けるようになったわけ。
「違うの? 近所では有名だよ。美月さんに頼めば、どんな悩みでも解決するって」
 いつの間にそんな誤解が生じたのでしょうか。
「娘さんっぽい人と犬を散歩させていたとあるおじさんが、そう言っていたらしいけど」
 どう考えてもクマですよね。絶対にクマですよね。呪ってやる。
「で、悩みって何なの?」
 こうなったら、暇潰しとして悩み解決してやる。
「彼女ができないんだよ」
「あっそ。頑張ってね」
 笑顔で扉を閉めようとすると、蒼島先生は慌てて止めた。
「悩み解決してくれるって言ったじゃないか!」
「言ってないよ」
 もう一度閉めようとする。
「先生の一生のお願いだから、頼むよ」
 一生のお願いをする人って、大抵またお願いするよね。慧の口から『一生のお願い』を何度聞いたことか。
「まぁ、とりあえず暇だから良いよ」
「暇だから?」
「気にしないで」
 蒼島先生を私の部屋に案内する。暇だったおかげで、部屋は見違えるほどきれいになっている。ふぅ、良かった。
「それで、彼女ができないのはどうして?」
 私はお母さんが持って来てくれたお茶を渡してそう言う。
「僕は運命の人を待っているんだ」
 あなたの性格じゃあ、運命の出会いなんてないと思うんだけどねぇ。
「結婚相談所とかは?」
「嫌だよ、みっともない」
「合コンとか」
「誘われたことがないんだ」
 ぼっちな生活を送っているのがよく分かります。
「彼女なんて、自分で作らないと意味がないんじゃない?」
「運命の出会いがないんだから、しょうがない」
 駄目だ。私には手に負えない。もっと恋愛に詳しい人っていないかなぁ。
「あ、そうだ!」
 蒼島先生が首をかしげるのを気にせず、私は携帯を取り出した。今日、三度目の電話。
「もしもし、ミツコお姉さん?」
『あらぁ、何? 空に新しい彼女でもできたのかしら?』
 相変わらずマイペースな人だなぁ。
「違います」
『そうよね。勘違いのせいで怒っていたからねぇ。まさか、ぴかさんって子が光梨ちゃんのことだとは思わなかったし……』
「え、怒っていた? 何で夜桜が知っているんですか?」
 ついうっかり笑い話で口を滑らせちゃったけど、夜桜にだけは言わないように約束させたはず。なのに、なぜ?
『えぇ。確か、あなたの学校の蒼島先生だったかしら? その人が得意げに噂を流していたらしいわよ』
「そうだったんですかぁ。あはははは」
 顔だけは笑わず、蒼島先生をにらむ。
「え、どうして僕をにらむんだい?」
「気にしないで」
 そう言って、電話に戻る。
「この話はまた今度で、実はお願いがあるんです」
 本題を持ちだす。
『あら、この前の借りを返す時が来たのかしら?』
「はい。実は、その例の蒼島先生が恋愛について相談したいらしいんです」
『何それ、楽しそうねぇ。公園で待っているわよ』
 すぐに電話が切れる。これは、相談にのってくれるということなのかな。たぶんそうだと思う。
「蒼島先生、今から公園に行くよ」
「それは良いんだけど、ミツコって人は誰?」
「夜桜のお姉さん」
 私は簡潔にそう述べると、ゴムと帽子で格好を整える。
「怖いイメージしかないな」
「大丈夫よ、怒らせなければ。ほら、早く行こうよ」
 少しでも遅れたら、命が危ないかもしれない。

 ミツコお姉さんは……いない! 助かったぁ。
「ごめぇん。遅れちゃった」
 遅れて到着したミツコお姉さんは、小さな男の子と手をつないでいた。
「あ、この子は蜜男(みつお)って言うの。大人しいけど、あまり気にしないで。娘が犬の散歩で家にいなかったからね。しょうがなくあたしが連れて来たの。こう言う時に夫は頼れないんだから」
 私が見つめていると、そう説明してくれた。
「犬なんか飼っていたんですね」
「この前、夫が連れて来たのよ。まぁ、世話は全部夫と娘の二人でやるってことで許したわ」
 そう言えばつい先日、誰かが犬を拾わなかったっけ。うーん。覚えてないや。覚えていたとしても、偶然に違いない。
「あの、そちらの方がミツコさん?」
「どうもぉ。空の姉の蜜子です」
 蒼島先生と握手をするミツコお姉さん。なんて明るいんでしょうか。
「さて、恋愛相談があるんですってね。彼女ができないってこと?」
 ミツコお姉さんはそう言って、近くのベンチに座った。私達は立っていないといけないのかな。
「まさにそうなんですよ。運命の人を待っているのに、現れないんです」
 蒼島先生の発言を聞いて、ミツコお姉さんは真面目モードに。
「待っている? 運命なんてありゃしないわよ。ドラマじゃあるまいし。それに、男が待ってどうするのよ」
「男が待っても良いじゃないですか。美月さんもそう思わないかい?」
「え、よくわからない」
 どうして乙女の私に聞くの。
「そうねぇ……積極性と協調性が足りないんじゃない? 教師同士の飲み会とか、ちゃんと参加している?」
「僕もあまり暇じゃないんです。飲み会に参加するくらいなら、パソコンいじりをしますね」
 誘われたことがないんじゃないかな。
「呆れるわね。お祭りの日に一人で参加なんて許されないわよ、その年齢で」
「運命の人が現れないんですよ。しょうがないじゃないですか」
 マイペース対マイペース。これはおもしろくなってきた。
「でも、待っていれば蒼島先生にも誰か良い人が現れるんじゃないかな?」
「由子ちゃん、その意見も一理あるけど、それは若い考え方よ。私は二十代の考えを述べようと思っているの」
 ひどい。私だって、もうすぐ車を運転できる年齢だし、数年後にはお酒だって飲めるのに。そもそも、ミツコお姉さんは後三歳で三十代に突入でしょ。
「パソコンいじりで人生を無駄にしている時間があるなら、まずは積極的に外に出なさい。後、その服ダサイ」
 私もそう思う。夏なのに、無地の長そでと長ズボンだし、眼鏡のせいで余計にダサイ気がする。髪に関しては、あまりにもひどいのでノーコメント。
「何だって?」
 服がダサいって言われたことが気に食わなかったのか、蒼島先生が怒った。
「パソコンいじりで人生を無駄にしているだって?」
 怒っているのはそっちですか……。
「そこは怒るところじゃないわよ。とにかく、一日は長いんだから、すぐにでもその服のセンスをどうにかしましょう」
 蒼島先生の彼女ゲット大作戦その一を実行に移すため、私達は電車に乗ってすぐの激安服屋さんへと向かった。安くて良い服を手に入れようってことらしい。お母さんも愛用しているお店だから、期待できそう。
「何だか安っぽい店だなぁ」
 そう言った蒼島先生を、ミツコお姉さんがにらんだ。
「由子ちゃん、今の発言どう思う?」
「え、えっと……また同じような発言をしたら、罰金ってことで」
 慌てて頭の中で考え、答える。
「そうね、それが良いわ」
「二人がかりで僕をいじめているように思えてきたよ……」
「今ので百円ね」
 ミツコお姉さん、厳しいなぁ。蒼島先生は罰金が怖くてか、反論をしなくなった。
「さて。蒼島先生って、青色が好きってことで良いわよね」
「いや、僕は青じゃなくて――」
「色別に分けてあるから……あ、青色の服は向こうの方にあるわ。ついてらっしゃい」
 支配権はもうミツコお姉さんに渡ったみたい。
「あなたに無地は似合わないわね」
 適当に手に取った服を、蒼島先生に重ねる。今更だけど、私っている意味ある?
「無地を着ない僕なんて、僕じゃな……いとさっきまで思っていたけど違うかも」
 反対しようとしたみたいだけど、ミツコお姉さんが瞬時ににらんできたみたいで、結局何も言えず。
「これなんてどうかしら?」
 おぉ、すごい。青と水色のチェックかな。かわいい。袖の部分にフリフリが付いて……。
「ミツコお姉さん、それ女物ですよ」
「流石美月さん。思わずスルーしちゃったよ、僕」
「し、失礼ね。ちょっとした冗談じゃないの」
 絶対にうっかり間違えたんだと思う。すごく焦っているんだもん。
「僕としてはこれが良いんだけど」
 だから、あれほど無地は似合わないと言ったじゃない……。
「ねぇ、これはどうかしら」
 おぉ。今度は水玉模様がかわいいワンピースだ。かわい……。
「二人ともちょっとふざけ過ぎてない?」
「ごめんなさい」
 ミツコお姉さんと蒼島先生の声が重なる。
「もうこれにしなよ。一番一般的だと思う」
 白と水色のシャツ。
「僕もそれが良いと思っていたんだ」
 絶対に嘘だ!
「あたしもそれが良いと思っていたのよぉ」
 もういいや。この二人はこういう人なんだよ。
「この服を着るなら、その眼鏡をコンタクトになさい。すごく根暗に見えるわ」
「失礼な。コンタクトより眼鏡の方が便利さ」
 いちいちこの二人は言い争わないと駄目なの?
「もぉ、話が進まない。今すぐにこの服を買って、着替えなさい。後、そのボサボサな髪の毛を、隣の店で整えなさい。話はそれから」
 蒼島先生にシャツを押し付ける。こうでもしないと、永遠に話が進まない気がしたんだもん。

「本当にこれで良いのかい?」
 さっき買った服を着て、ボサボサだった髪の毛も、さっきよりは整った蒼島先生。こうしてみると、結構イケメンだったんですね。まぁ、私の好みではないけれど。
「バッチリよ。流石あたしが手伝ってあげただけはあるわね」
 あえて反論しません。
「全然マシだと思う。で、ミツコお姉さん。この後はどうするつもりですか?」
「まずは公園に戻って、彼女ゲット作戦を考えましょう」
 あ、そっか。私達って、蒼島先生のために彼女ゲットを手伝ってあげていたんだっけ。オシャレになるのを手伝っているんだと思い始めていたわ。
「電車は数分後に来るみたいだ」
 腕時計を確認する蒼島先生。
「じゃあ、私はちょっとお母さんに電話してくるね」
 私がそう言って移動しようとすると、ミツコお姉さんが止めた。
「ついでにこの子を連れて行ってあげて。トイレに行きたいみたいだから」
「は、はい」
 大人しい蜜男君の手をつないで動こうとするけど、なかなか動いてくれなかった。しょうがなく、引っ張って連れて行く。ここの駅、人がかなり少ないなぁ。私達以外、誰もいないんじゃないかな。あ、蜜男君と同い年くらいの子を発見。手をつないでいるのは母親かな。
「一人で行ける?」
 トイレの前で蜜男君にそう聞くと、うなずいてくれた。
「私はここで待っているからね」
 またもやうなずくと、一人で男子トイレの中に入って行く。それを見届けた私は、携帯を取り出して電話をかけた。その時、女子トイレの方に、さっきの母親が入って行く。子供は駅の椅子で一人で待っているみたい。
『どうかした?』
「ちょっといろいろと用事ができたから、お昼には帰れないと思うって伝えたかったの」
『あらそう。残念だわ。今日は一人で昼食ってわけかしらね』
 慧も私もいないし、お父さんは会社だもんね。
「ごめん。できるだけ早く帰るから」
『分かったわ。それじゃあね』
 電話が切れると同時に、蜜男君がトイレから出て来た。
「早いね。それじゃあ、戻ろっか」
 また同じように手を引いて、二人の元に戻る。そろそろ電車が着く時間だと思う。
「ありがとぉ。本来ならあたしがついて行くべきなんだけどねぇ」
 まさにその通り。
「それにしても、この少年、大人しすぎて不気味だ」
「蒼島先生! 世の中にはね、言って良いことと悪いことがあるんだよ」
「ごめん」
 すっかり反省した蒼島先生。本当に教師なのだろうか。
「にしても、遅いわねぇ」
「もうすぐ来ると思いま――」
 私が言い終わる前に、駅の中で悲鳴が響き渡った。
「え、何?」
 声のした方を見ると、さきほどの母親が、線路の方に手を伸ばして何やら叫んでいる。
「早く戻って来なさい! ほら、こっちに!」
「線路に何かあるのかしら?」
 ミツコお姉さんがそう言ったので、私も線路の方を見てみた。
「子供がいるね。さっきの子かなって……えぇ!」
 ど、どうして子供があんな所にいるのよ。もすうぐ電車が来るのに。あ、電車が見えて来た。
「わお。あの子、落ちたのかな」
 蒼島先生ったら、笑顔でそんなこと言わないで。
「そんなのんきなこと言っている場合なの?」
 騒ぎに気付いたのか、駅員さんが母親のもとに駆け付ける。
「どうかしましたか?」
「私の子供が線路に何かを落として、それを取りに行っちゃったみたいなんです。どうかあの子を助けて下さい」
 涙目になりながら、駅員さんにそう告げる。
「えぇ。だって、もう電車来ているし……怖いなぁ」
 あれ、あの駅員さんってこの前、違う駅にいませんでしたっけ?
「何よあの駅員。あたしも怖くて無理だけどさぁ」
 ミツコお姉さんがそう呟くと、蒼島先生がため息を吐いた。
「しょうがない。ここは僕がなんとかしよう」
「キャー、流石先生。でも急いでね。もう電車が来ているから」
 線路に飛び降りようとしている蒼島先生に、私はそう言った。頼りになるのは先生ですね。
「いて」
 最初に地面に着いたのは、顔だった。転んでどうするのよ。
「急いでってば。電車が来ているのよ、電車!」
「め、眼鏡どこ行った?」
 転んだ時に、眼鏡をどこかに落としたらしい。
「あほんだら!」
 言い終わった後、電車が目の前を少し通過して止まった。急停止が少し遅れたみたい。
「私の息子が……」
 母親が泣き崩れる。
「あ、蒼島先生? 死んじゃ駄目だよ。最後の言葉が『眼鏡どこ行った?』なんて許されないんだからね!」
 必死にそう叫ぶけど、返事が返って来ない。
「ちょっと、まさか本当に死んだんじゃないでしょうね」
 ミツコお姉さんが不安そうにそう呟く。その時、電車の影から蒼島先生が現れた。
「ぼ、僕の眼鏡が犠牲に……」
 蒼島先生の手には、しっかりと子供の手が握られている。
「こ、晃(こう)ちゃん!」
 子供を母親に渡す蒼島先生。
「ふぅん。蒼島先生も、結構かっこいいところがあるじゃない」
「否定しないでおくよ」
 否定しなさい。
「ど、どうもありがとうございます。なんてお礼を言って良いのか」
 母親が、子供を抱きかかえながらそう言った。
「俺からもお礼を言わせて下さい。無駄な労力が省けました」
 本当にこの駅員さん、何でこの仕事をしているのでしょうか。
「やらなければいけないことをしただけですよ」
 かっこつけないで。そしてその方向には誰もいませんから。そんなに視力、悪いんですか?
「あれ。君、そう言えばどこかで合わなかったっけ?」
「違う駅で会いましたね、はい」
 駅員さんが話しかけてきたから、適当に返事をする。
「ほら、晃ちゃん。お礼を言いなさい」
 晃ちゃんと呼ばれる男の子は、照れた顔をしてお辞儀した。手には写真を持っている。
「この子、写真なんかのために取りに行ったみたいなんです。本当にごめんなさい」
 写真には、母親と晃ちゃんの二人が写っている。
「あれ、お父さんは?」
 私は気になって聞いてみた。
「情けない話ですが、生まれる前に離婚してしまったんです」
 この言葉に、蒼島先生は反応した。
「これも何かの運命。顔はよく見えないけど、今度お茶でもどうですか?」
「え……」
 いきなり頼んで、『はい』って言う人なんていないよ、あほんだら。
「はい、喜んで」
 あららぁ、いた。本当に運命の出会いってあるんだ。
「ねぇ、由子ちゃん。あたし達のおかげで運命の相手に出会えたって解釈すれば良いのかしら?」
「それで良いと思いますよ。私達が連れ出さなかったら、出会えなかったと思いますから」
 私がそう言っても、ミツコお姉さんはどこか納得のいかない様子。まぁ、さっきまで運命の出会いなんてないって言っていたもんね。
「ねぇねぇ、あの人、僕のお父さん?」
 晃ちゃんが、私の足をつつきながら見上げている。
「いやいや、まだ違うから。早いから。ステップって物があるのよ」
 私の言葉が理解できなかったみたい。当然よね。まだすごく幼いし。
「結局さっきの電車に乗れなかったし、十分後の電車まで待とう」
 メルアドを交換したのか、蒼島先生は携帯を片手に持ちながら戻って来た。
「そんなに待つのぉ? 早く帰りたいでちゅねぇ」
 ミツコお姉さんは蜜男君にそう言うけど、何が気に食わないのかそっぽを向いちゃった。
「やだぁ。あたし、嫌われた?」
「機嫌が悪いだけだと思いますよ」
 トイレについて来てくれなかったからだろうね。
「帰りが数秒遅くなりそうって娘に電話して来るわね」
 数秒遅れたらどうなるんだろう。一度会ってみたいなぁ、ミツコお姉さんの家族と。
「いやぁ、やっぱり美月さんに相談して良かったよ」
「私は暇潰しができて良かったわ」
 私がため息をついてベンチに座ると、向こうから誰かが走って来た。誰だろう……あぁ。
「由子、こんな所にいたのかぁ。探したのに」
 できれば探さないでほしかった。
「どうやって来たの?」
「由子がどんな所にいても見つけるのが僕の役目だからね」
 にっこりと笑って、神崎護衛はそう言った。
「にしても……何で蒼島がここにいるんだよ」
 蒼島先生の顔を見てにらむ。
「まぁ、いろいろとね」
「いろいろ? いろいろって何だ、言ってみろ」
「年上に向かってその態度は駄目じゃないの?」
 相変わらず神崎護衛には呆れる。
「いろいろって何でございましょうか?」
 き、気持ち悪い。
「悩み相談だよ」
「何の悩み相談でございましょうか?」
 その口調をやめなさい。
「恋愛相談だけど」
「由子に恋愛相談をする奴はゴミだぁ!」
「神崎護衛、ちょっと良い?」
 笑顔で神崎護衛の肩を叩く。
「何?」
「後一度でも私の許可なくしゃべったら……どうなるか分かっているよね?」
 その後、何の問題もなく家に帰ることができたのは、言うまでもないと思う。