線香月 第7話
七月二十四日
「うーん、まだ眠いよぉ」
猫が部屋の中で暴れまわるせいで、私は朝早くに目が覚めてしまった。仕方がなく、残り少しの宿題をちょっとだけ進め、一階で一人、朝食を食べる。お父さんはもう会社。お母さんと慧はぐっすりとお休み中。慧を起こした方が良かったかなぁ。
『今日から明日の朝にかけては晴れが続きますが、夜からは台風に襲われる可能性が――』
ニュース番組の天気予報。私は天気予報はあまり信じない。快晴の日に雨が降った時から信じる気がなくなった。まぁ、台風には注意しようっと。
天気予報も終わり、暇になる。こんな時って、散歩とかするべきかな。私はそう思い、メモを残して出発することに。『ちょっと散歩にでも行って来るね』
「ん、僕も同行するよ」
半そで短パンにキャップをかぶったストーカー。
「彼氏募集中のことを忘れてくれたら許可します」
「オッケー……はい、忘れた」
「あほんだら」
私はそう言って歩き出した。朝の散歩も良いですねぇ。現在、時刻は午前六時。公園にでも行って、まったりしようかな。
「ねぇ、由子。どうして僕のことにあまり関心がないの? ここまでアピールしているのに」
「だって、不審者だし」
ストーカー罪もあるし。
「じゃあ、改めて自己紹介しようじゃないか」
歩きながらストーカーが笑顔でそう言った。ストーカーだってこと以外、全く知らないわけだからちょうど良いかな。
「どうぞ、続けて」
私は先をうながす。
「僕は神崎優樹(しんざき ゆき)。神崎護衛と呼んでくれると気合いが入るぜ」
ストーカー犯が護衛になりたいと? 給料はあげないんだからね。
「分かった、神崎護衛。それ以外は?」
「えっと……二十一歳で、親父の仕事を手伝っているんだ」
「予想外。まともなところもあるんだ」
この言葉がうれしかったらしく、神崎護衛は笑顔になった。
「そう言えばさ、由子ってどうして由子って名前? 俺は『みんなを支える優しい樹になりなさいよ』ってことらしい」
みんなを支える優しい樹かぁ。私しか支えてないじゃない。
「私は『自由に生きる子』で由子。本当に自由に生きさせてもらっています」
「暗記した」
しなくて結構。
「ところで由子。好きな人とかっている?」
「いないかなー。いたとしても、神崎護衛には教えない」
「教えてくれたら、すぐにボコボコにしてやるのに、そいつ」
「だから教えたくないのよ」
そうこうしている内に、私達は公園に着いた。すると、驚いたことに、ベンチの一つに誰かが座っている。私はその人に近付いて、声をかけた。
「クマ、どうしたの?」
「だぁ、何だ! 俺はエロ本なんて読んでないぞ!」
それくらい見れば分かりますよ。
「おぉ、熊野五郎だ。噂は聞いているぜ。娘さんと仲が悪いんだってな」
神崎護衛って、いつも一体どこでそんな情報を手に入れているんでしょうか。
「まぁそうだけど……あんた、美月の彼氏か?」
「まぁ、そうで――」
「私の忠実な護衛です。で、娘さんがどうかしたの?」
必死に話を変える。
「いやな、まだ夏休みに入る前のとある日、いきなり『父さんなんてだーいっきらいなんだからね!』って言われたんだ。その日以来、話しかけても無視するようになった」
あぁ、相当嫌われちゃっているわね。
「何をしたわけ? そこまで言われるなんて、かなり重症だと思うんだけど」
「何もしてないさ。一体このイケメソクマ様が何をしたと!」
イケメソじゃないから。そもそも、言い方は『イケメソ』じゃなくて『イケメン』だから。
「じゃあ、浮気したとか?」
「浮気は外道だ。俺がするとでも思ったのか?」
うーん、じゃあ何が原因だろう。
「娘の誕生日を忘れたとかじゃね?」
神崎護衛がそう言った瞬間、クマの顔が真っ青になった。
「え、わ、忘れちゃったの?」
「忘れちゃったのかよ……」
「俺としたことが……娘の誕生日を……」
誕生日を忘れられたら、誰だって傷つくよね。しかも、親に忘れられるなんて。
「今からでも遅くないと思うか?」
「たぶん、遅いと思う」
クマがため息をついた。
「つり橋に行くか?」
「誘導しちゃ駄目でしょ、あほんだら」
しかもそのネタ、私がこの前使ったんだけど。
「もう駄目だ、死のう」
「クマも弱気にならないでよ。それでも生徒の見本?」
ここは娘さんの気持ちになってみよう。私がお父さんに誕生日を忘れられたとする。当然すごく傷つくけど、ちゃんと謝ってお祝いしてくれたら喜ぶかも。いや、クマの娘さんはそう甘くないかもしれない。うーん。
「娘さんって、いくつだっけ?」
「十六日に九歳になったはず」
自分の娘さんの年齢くらい、ちゃんと覚えなさいよ。
「ん、まだそんな年なら、プレゼント渡せば良いんじゃねぇの?」
「九歳は難しいお年頃なのよ。もっと慎重に考えないと」
私はそう言って、思いつくままにしゃべった。
「後一歳で十歳だから、かわいいお洋服がほしいとか、誰よりも目立ちたいとか、親は私のことどう思っているんだろうとか……」
「流石経験者だ、美月」
い、嫌味に聞こえた。
「ねぇ、娘さんは何が好きなの?」
「実はよく分からないんだよ。聞いても教えてくれないし、俺には」
「それは困ったわね。なら、私が代わりに聞いてあげる」
ちょうど今日は募金活動がなさそうだし、宿題も後少しだからね。この私が手伝ってあげましょう。
「それはうれしいけど、何か裏がありそうだな」
「由子を疑うのかよ」
神崎護衛が怖い顔になる。
「いや、別に疑ったわけじゃない。遠慮なく頼ませてもらうよ、美月」
「了解。じゃあ、私はこれで失礼するね」
時計を見てみると、ちょうど七時。お母さんと慧は流石に起きているはず。
「おう」
クマは気分が晴れたのか、特別宿題の制作に戻った。
家に帰る途中、夜桜の姿を発見。
「神崎護衛はクマの娘さんを監視しておいて。私は別の用事ができたから」
「分かった。尾行をするなら、変装は大事だよ」
自分のキャップを取って、私に渡す。
「私が尾行するって、よく分かったわね」
「由子のことで、僕が分からないことはあまりないからさ」
そう言って、神崎護衛は走り去って行った。私はそれを見届けてから、時真からもらったゴムでポニーテイルにし、帽子をかぶればあら不思議。美月由子なんて人は最初からここにはいませんでした。ということで、私は夜桜の後を追いかける。
夜桜はまっすぐとぴかさんの家に向かった。家の前ではぴかさんが暑そうに立っている。
「空く……おは……はや……すね」
ここからじゃあ、ぴかさんの声はよく聞き取れないなぁ。
「……早起きしたか……それよ……好きか?」
「はい」
えぇ! 夜桜の愛の告白に、ぴかさんが即答。しかも『はい』だってさ。これは大ニュースかもしれない。とんでもないことを聞いてしまった私。
「それ……くれたんですか?」
「まぁ……らな」
私の予想だけど、『それを言うためだけにわざわざいらしてくれたんですか?』とぴかさんは言ったはず。それに対して夜桜が、『まぁ、お前のことが好きだからな』と言ったに違いない。
私はこのことをミツコお姉さんに連絡するため、家に走って帰りながら電話をかけた。
「うーん、出ない。忙しいのかなぁ」
『はい、もしもーし』
「あ、ミツコお姉さん?」
やっと出てくれた。
『ごめんねぇ。子供がうるさくってさ。それで、何か?』
「あのですね……」
さっき見たことを長々と語った。聞き取れなかったから、あくまで私の推測だってこともちゃんと言っておいた。
『空ったら、やるわねぇ。まぁ、推測なら勘違いだって可能性もあるわけだしぃ、まだ決めつけられないわね』
「そうですよね。私、もう少し様子を見てみます」
『うん、お願いね』
電話を切る。ちょうど家の前に着いたところ。
「ただいま」
「おかえ……由子ったらどうしたの」
お母さんはテレビを見てまったりと過ごしていたみたい。
「ちょっとイメチェンしたの」
そう言ってゴムと帽子を取った私は、部屋に戻って行く。まだ朝だって言うのに、汗だらけ。
「おかえり、姉さん」
「おかえり、美月」
部屋に入ると、いつも通り慧が……あれ。
「私ったら、頭おかしいのかな。まきと君がいるように見える」
「見えるじゃなくて、いるんだよ。熱中症かぁ?」
「熱中症なら、とっくに病院に行ってますよーだ」
机の上に変装セットを置いてから言う。ついでに扇風機の前に座って涼む。
「あ、ゴム使ってんだ」
「まぁね。変装には役に立ったよ」
ありがとう、妹ちゃん。この恩は一生忘れないかもしれない。
「変装?」
時真が首をかしげる。
「ちょっと頼まれて、夜桜を尾行しているの」
「変なの」
しょうがないじゃん。
「あ、それでさ、今日はお昼まで時間があるし、一緒に勉強しようかと思って」
「夏雪は?」
「断られた」
ドントマインドです。
「じゃあ、宿題もラストスパートだし、本気出すわよ」
「俺だって本気出すぜ」
私は机の上に残りの宿題を広げる。時真もそうした。意外なことに、時真は私と同じくらいちゃんと宿題を進めている。ついに、馬鹿から秀才へ?
「あのさ、後少しで僕の友達が来るからね」
お隣さんの車谷君かな。
「慧達も勉強かぁ?」
「いや、もう終わらせたから、一緒にゲームでもしようかと。あ、僕ちょっと迎えに行って来る」
どうやったらそんなに早く終わらせられるんでしょうか。私が中学生の時は、登校日の前日に終わらせていたんだよね。特に自由研究。
「あ、今思い出した。さっきストーカーが来ていたけど、美月はいないって言っといたぞ」
問題を解き始めると、時真がそう言った。
「えぇ? タイミング悪いなぁ」
「あのストーカーと何か約束でも?」
「ちょっとクマのお願いを叶えてあげようと思ってね」
ちょっとかっこつけて言ってみる。
「あっそ」
「ふん。そう言われるだろうと思っていましたとも」
それからは、私達は無言で宿題を進めていた。結局お昼になるまで慧と車谷君は現れなかった。たぶん、話がはずんで、そのまま車谷君の家でしゃべっているんじゃないかな。
「ふぅ。私はもう理科だけ。すごいでしょ」
「俺は数学だけ。すごいだろ」
「え、本当に? 見せてみなさいよ」
「ほらよ」
私が見たかぎりでは、ほとんど解けている。あの不良で馬鹿で宿題もろくにやらなかった時真が、ここまで成長するなんてね。
「何か将来の目標でもできたわけ?」
「まぁ、そんな感じかな」
すっごい。見直したかも。永遠の馬鹿だと思っていた。
「おいおい、顔に『まきと君は永遠の馬鹿だと思っていた』って書いてあるぞ」
「え、嘘!」
慌てて机の上に置いてある手鏡を確認する。
「だーまされてやんの」
「いや、ちょっと鏡が気になってね」
こみ上げる怒りを押さえて、私は手鏡を置いた。
「あぁ、おもしろかった。んじゃ、俺はさっさとおいとまするかね。昼飯の時間だし」
「昼寝の時間の間違えじゃない?」
まだ慧は帰って来ない。まさか、お昼ご飯を車谷君の家で食べるんじゃないでしょうね。
「慧と入れ違いみたいだな。じゃあ、また募金活動の時にでも会おうぜ」
慧が玄関の扉を開けて入って来る。
「うん、ばいばい」
時真は慧にあいさつして、そのまま帰って行った。
「ただいま。ついつい話がはずんじゃってね」
「おかえり。そうだろうと思っていた」
「あら、おかえりなさい。二人とも、もうお昼ご飯できたわよ」
お母さんが、笑顔でそう言った。
「はーい」
大事件ってほどでもないけど、事件が発生。慧が、お母さんの手作りホットケーキを食べてお腹を壊しちゃった。しょうがなく、イライラしながらお母さんが病院に連れて行くことに。
「い、行ってらっしゃい」
「お留守番、よろしくね」
お母さんが怖い。せっかく作ったホットケーキでお腹壊されたらそりゃショックだろうけど、この怒り具合は尋常じゃない。慧、頑張ってね。ちゃんと生きて帰って来るんだよ。
私が部屋に戻るために階段を上ろうとすると、誰かが家にやって来た。もしかして、神崎護衛かな。
「はい、どちら様ですか」
『ん、神崎だけど、合鍵で入っちゃって良い?』
「あほんだら!」
私はそう言って、急いで玄関の扉を開けに行く。開けると同時に、神崎護衛が持っていた合鍵を奪った。
「は、早技だ」
私にできないことなんてないのよ。いや、ちょっとだけある。いっぱいある。
「今度合鍵を使おうとしたら、すぐ警察呼ぶからね」
「はーい」
何そのめんどうそうな返事。
「で、娘さんのこと?」
「うん。完璧に調べ尽くしたよ。聞きこみ調査で」
あんた、どこの探偵。
「熊野思音(くまのしおん)、九歳。熊野家の一人娘で、名前の由来は、好きなアニメの登場人物の名前だそうな……」
思音ちゃんって言うんだ。そう言えば、弟が好きなアニメにそんな名前の登場人物がいたような、いなかったような。
「思音ちゃんがほしがっている物は何?」
「ん、あ、そっか。それを調べるの、忘れていたよ。えっと、今ならヒロイ公園で一人で宿題しているだろうから、直接聞いてみよう」
流石親子。何かしたい時は、必ず公園に行くわけね。
「さて。いざ、ヒロイ公園に出発するわよ」
神崎護衛の帽子をかぶり、ゴムでポニーテイルにする。外出する時は、もうこの格好で良いや。似合っている気がする。
「やっぱり由子はかわいいね」
「お黙り」
お祭り会場のヒロイ公園。お祭りが終わった後に取り壊されるらしく、遊ぶ子供の姿がほとんどない。この広さを使って、遊園地にするとかしないとか。
「熊野思音ちゃんよね?」
なるべく笑顔で話しかける。
「知らない人に声をかけられたら、すぐに逃げなさいって言われているのですお」
思音ちゃんは、持っていた防犯ブザーを鳴らそうとする。
「待って、怪しい人じゃないから。私は美月由子」
「怪しい人じゃないなら、ワタシに何の用ですかお?」
まだ防犯ブザーから手を離さない思音ちゃん。まぁ、ちゃんと用心しているから偉い。
「思音ちゃん、この間誕生日だったでしょ? まだ他にもほしい物とかない?」
「ワタシの誕生日を知っているなんて、ますます怪しいですお」
「えぇ、そう言われても……」
悩んでいると、物陰に隠れていた神崎護衛がやって来た。
「あ、優樹ちゃんだぁ。アイスクリームくれる?」
え、知り合い?
「うん、あげるよ。その代り、ちゃんと由子の話を聞いてあげてね」
「はーい。分かったお」
神崎護衛からアイスをもらった思音ちゃん。
「ちょっと、どういうこと?」
「思音ちゃんに昨日いろいろと聞きこみ調査していたって、言わなかったっけ?」
なぜその時、ほしい物が何かを聞かなかった……。
「お話はまだかお?」
語尾が微妙にむかつく。
「誕生日にみんなからプレゼントをもらったでしょ? まだ他にほしい物とかないかな?」
「何か買ってくれるの?」
「うん」
あなたのお父さんがね。
「でも、ほしい物なんてないの。ワタシがほしいのは物じゃないの」
「物じゃない?」
「ん、休日とか、旅行とかかな?」
「違うお」
うーん、難問だわ。私がこの子くらいだった時の誕生日プレゼントは、もちろんゲーム。昔はゲーマーだったんだけどね。今は真面目です。
「あぁ、分かった。お父さんと一日中一緒に過ごしたいとか?」
私の天才的頭脳により、答えは導かれたのです。ドラマでよくあるパターンよ。
「違うお。お父さんなんてだーいっきらい」
「そ、そうなんだ」
さっきの発言はなかったことにしましょう。
「お父さんのことを考えたら、頭が痛くなるお。ワタシ、もう帰るもんね」
「え、あ、ちょっと」
怒ってしまった思音ちゃん。結局、何がほしかったんでしょうか。
「ん、アイスクリーム、まずかったのかな」
「全然違うから」
とりあえず、クマと話すために近所のセマイ公園に移動した。またベンチに座っている。
「お、何か分かったのか?」
「ほしいのは物じゃないんだってさ」
疲れた私は、隣のベンチに座る。
「物じゃないってことは……ただ祝ってほしいだけってことか?」
「祝ってほしいのも一つだと思うけど、まだ何かあるんじゃないかなぁ」
あそこまで嫌うってことは、それくらい大事なことだと思うんだけど。
「ん、あんた、思音ちゃんと何か約束でもした?」
神崎護衛の言葉に、クマは深く考え込む。
「あぁ!」
ベンチから立ちあがるクマ。
「え、何、どうしたの?」
「約束忘れていた……」
あぁ、そりゃあ嫌われますよ、あほんだら……。
「一体どんな約束をしたわけ?」
「い、犬を飼ってあげるって約束……」
犬は物じゃないね、確かに。
「ここ等辺にペットショップなんてないわよ? 私の家の猫は全部引き取った猫だし」
「あぁ、もう駄目だぁ。ちょっとつり橋行ってくる」
「連れて行ってやるよ」
「もぉ、自殺に誘導しないの」
ペットショップかぁ。誰かに聞いてみれば何か分かるかもしれないけど。
「あ、メール」
私の携帯にメールが届いた。夏雪からだ。『募金活動、これからできる?』だそうです。『できるよ』って送りましょう。
「私、ここで募金活動しなきゃいけなくなったから、ちょっと募金箱を取って来るね」
「困っている先生より、金が大事なんだな」
な、何よその嫌な言い方。
「とにかく、明日一緒にペットショップを探してあげるって」
「うぅ、明日かよぉ」
「泣かないで。クマはイケメソだよ!」
すぐに元気になるクマ。
「募金活動、頑張れよ」
「由子、ああいう人は彼氏にしない方が良いよ」
クマの後ろ姿を見て、神崎護衛がそう言った。
「分かっていますとも」
「メイド服、誰が着る?」
元気満々で私はメイド服を広げる。
「うわぁ、持って来るの忘れれば良かったのに……」
「時真、今何か言った?」
「あ、いや、何も言っていません」
「よろしい」
私がどんだけ我慢してメイド服を着たことか。この恨み、今晴らしてやる。
「ジャンケンで負けたら着ようか」
夏雪の言葉に、時真が嫌な顔をする。
「えぇ、悪運が強い俺ってかなり不利じゃんかぁ」
「一発勝負な」
時真の話を無視し、夜桜はそう言った。仕方なく、三人でジャンケン。
「最初はグー。ジャンケン――」
三人の声が重なる。結果は……。
「だから俺は悪運が強いって言ったんだよぉ」
夏雪と夜桜がパー。時真だけがグー。ドントマインドです。
「夏雪、今日の募金活動が終わったら、あのメイド服燃やそうぜ」
「そうだね。僕もそう思った」
「コンニャロー。二人だけ着ないつもりかよ」
「まぁ、時真が着れば私の機嫌も直ると思うから」
メイド服を時真に無理やり渡す。
「ちくしょう。今度、無理にでも着させてやる」
グチグチと言いながらトイレへ着替えに行く時真。
「あ、今気付いたんだけどさ」
「どうしたの、姉さん」
「私、募金活動のことを時真に知らせた覚えがないような」
二人とも、時真のメールアドレスは知らないはずなのに。
「えっと、いや、あの……」
「俺が家まで迎えに行ったんだ」
明らかに困った顔の夏雪をフォローするかのように、夜桜がそう言った。怪しい。
「何か怪しいなぁ」
「き、気にし過ぎだよ、姉さん。あ、ほら、牧人が戻って……あれ……」
夏雪にそう言われて、私は後ろを振り向いた。もちろん、そこにはメイド服を着た時真が……いない。
「よぉ、おっ待たせぇ。ほら、俺の身代わりだ」
「み、身代わりってねぇ、あんた……」
メイド服を着ていたのは、涙目な妹ちゃん。サイズがまったく違うからぶかぶかだけど、すごくかわいい。
「ほら、自己紹介しろ」
「と、と、と、時真京子(けいこ)です……」
お人形さんみたい。かわいい。
「え、何? 聞こえなかった。もう一回言って」
「こら、時真。妹は大切にしなさい」
今にも泣きそうな京子ちゃん。
「妹を身代わりにするなんてひどいなぁ、牧人」
「え、何? 聞こえなかった。もう一回言って」
「うるさいぞ、黙れ」
夜桜が怒る。
「はぁ……京子ちゃんのためにも、さっさと済ませよっか。京子ちゃん、私の隣で立っていれば良いからね」
「は、はい」
こんな妹がほしかった。
「合計金額は?」
お茶を飲みながら、私は夏雪に聞いた。
「時間が時間だったからか、かなり多いよ」
夏雪と時真が募金箱の中を調べる。
「ざっと一万円ちょっとくらいじゃね」
流石に奇跡の二十万円は超えられなかったけど、一万円が貯まっただけでもよかった。
「やぁ、今日も元気そうだね」
「あ、蒼島先生。いきなり後ろからしゃべらないでよ」
心臓が破裂したらどうしてくれるわけ。
「ごめん。後、もう一つ謝らないといけないことがあるんだ」
「何だ? 面白いことか?」
違うと思うよ、時真。
「もう募金活動しなくて良くなったんだ」
「は? どういうことだよ」
「もう百万集まったってこったろ」
時真の質問に、夜桜が答える。
「ま、そういうこと」
「ちょ、ちょっと待てよ。何で? 募金活動、マジでやらないの?」
「あぁ、そうだ馬鹿」
夜桜が段々とイライラし始めている。
「め、メイド服は?」
「燃やす!」
「よ、夜桜ったら顔が怖いよ」
私がそう言うと、夜桜は黙った。
「俺の復讐計画がぁ」
「私も着せたかったなぁ」
私と時真は、二人して落ち込む。
「どうして落ち込むんだい? あ、ちなみに、お金は朱魏家がくれたんだけどね」
「はぁ?」
夏雪を除いた私達が一斉に声を上げ、夏雪をにらんだ。
「最初から夏雪の家が全額払ってくれれば良かったじゃないのよ!」
「ぼ、僕に言われても知らないよ」
「君達、一体どうしたんだい?」
蒼島先生だけがまったく状況を理解できていないみたい。
「世の中には知らない方が良いこともあるんだよ」
「へぇ、そう」
何よ、その反応。
「ところで、私達はこれからどうすれば?」
「宿題とか受験勉強に専念しても良いし、屋台作りを手伝っても良いよ。さて、僕はそろそろパソコンいじりに戻りたいんでね」
相変わらず不思議な先生だ。三組で良かった。クマの方が何倍もおもしろい。
「僕は屋台の人探しを手伝うつもりなんだけど、誰か一緒にやる?」
「どういう意味?」
「姉さん、お祭りなのに屋台はたこ焼き屋だけにするつもりなの?」
「あぁ、なるほど。他のお店の人を探そうってことね」
と言われても、去年のお祭りはどのような感じだったのかはさっぱり分からないのですけど。
「去年までのお祭りって確か、花火を打ち上げて終わっていたよな」
「そうなの?」
「俺の記憶に間違いはないはず」
時真の記憶はあまり信じられない。
「俺はもう帰るぞ。何か用があったら連絡してくれ」
「僕も帰るね。一緒に手伝いたいなら、いつでも携帯に連絡して」
夜桜と夏雪は帰って行ってしまった。
ふと時計を見ると、もうすぐ六時。あら大変。もうすぐ夕飯の時間じゃない。
「私も帰らないと。時真と京子ちゃん、またね」
既に着替え終えていた京子ちゃんはこっくりとうなずく。
「またな。今度、どうにかしてあの二人にメイド服着せようぜ」
メイド服を手に持ちながら、時真がニヤニヤする。ちょっと変態に見えた。
「そうだね。楽しみ」
私はそう言って、公園を後にする。
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