線香月 第6話
七月二十三日
「ジャジャーン!」
「何これ」
お昼の三時。私達は募金活動の準備をしていた。
「何って、メイド服だよ。アンジェラさんが、ぜひとも姉さんに着させてくれって」
このフリフリメイド服を、この私が着ろと?
「丁重にお断りさせていただきます」
私は笑顔で言う。
「ならよぉ、夏雪が着たらどうだ?」
時真がそう言う。
「えぇ、やだよ。マッキーが着なよ」
「何で俺なんだよ。空が似合うんじゃね?」
「俺は死んでも着ないぞ。夏雪に着せろ」
「僕は絶対に似合わない」
この三人は、とてもくだらないことで言い争っています。
「順番に着たら?」
永遠に終わらない気がしたから、私はそう言った。
「それは良い提案だね。はい、どうぞ」
「はい、ありが……」
ちょっと待った私。笑顔でメイド服を受け取ってどうするの。
「姉さんが言ったんじゃないか。次やる時はマッキーね」
夏雪までマッキーって呼んでいるし。
「そ、空の後で良いや、俺」
「だったら仮病するわ」
仮病するくらいなら、メイド服を燃やしちゃえ。とは言えない。
「今日は私が着なきゃ駄目なの?」
「そうだよ。姉さんの力でお金稼いじゃって」
勝手に話は進めないでよぉ。私がいつメイド服着てあげるって言ったのよぉ。
「美月、着ないの?」
「バーカ。今回だけだから。もう永遠に着ませんから」
怒りながらメイド服を受け取って、公園のトイレで着替えることに。あ、でも、案外私ってメイド服が似合っちゃったりして……なんて、冗談が言える状況ではない。そう思いつつ、私はみんなの元に戻った。
「わーお。滅多に見られないから、記念写真を撮るぜ」
どうしてこんな時に時真がカメラを持っているわけ。
「良いけど、後で新しいカメラを買うはめになるから注意してね」
遠まわしに脅迫。
「やめとく……」
それで良いのです。
「お前等、しゃべってないでさっさとやるぞ」
夜桜だってさっきまでしゃべって……。
「募金お願いしまーす」
時真と夏雪がそう言ったおかげで、やっと募金活動のムードになってくれた。夜桜も渋々声を出し始める。私はお金を入れてくれた人にただ一言こう言うのです。
「ありがとうございます」
男の人はこれでニッコリ。真面目な人は笑わないけど。逆に、『なんて恥ずかしい服装を……』と言われてしまいました。恥ずかしい。
「ん、由子、僕これで五千円分は募金した気がするよ」
とある人がお金を入れて、募金箱の『美月由子は彼氏募集中です』をじっと見つめながらそう……あんたストーカーかい。
「ありがとうね。その五千円を親孝行にでも使った方が良かった気がするけど」
「そんなことより、僕と付き合おうぜ!」
「猫でも飼って、美月って名前をつけて付き合えば?」
私は笑顔でそう言った。
「えぇ、駄目? だって彼氏募集中だって書いてあるのに。こんなチャンスは滅多にないよ」
それをまともに受け取らないでよ、あほんだら。
「ふっ。美月と付き合うなら、まず俺を倒し――」
かっこつけた時真は、顔面にパンチをくらった。
「お、俺じゃなくて空を倒してみろ、バーカ」
鼻を押さえながら、夜桜の背中に隠れる。もっと強いと思っていたのに、呆れちゃう。
「僕はもう十年間ストーカーを続けているんだよ? 流石にそろそろ付き合ってくれても良いじゃないか」
えぇ? つまり、十年前の誕生日会に、一人だけ知らない子が来ていたのはあんたですか。
「おいおいおい、ただの変態じゃねぇかよぉ」
「す、ストーカーと変態を一緒にするな」
一緒な気がするのは私だけよね。
「ねぇ、二人とも。通報されない内に黙りなって」
流石夏雪。周りを見てみると、行きかう人々が全員足を止めてこっちを見ていた。通報される寸前。
「ん、由子が僕と付き合ってくれるなら黙る」
「なぁ、あんた」
今度は夜桜が声を出した。ついに本気を出してくれるんですね。
「ん、何だよ」
「はっきり言って、あんた邪魔だ。消えな」
きゃー、かっこいい。
「年下のくせに、僕に喧嘩を売るのかよ」
「年下の喧嘩を買うのか?」
「由子! こいつが僕のこといじめてくるよぉ」
自分より強い人には立ち向かえないストーカー。
「せめてその幼稚な性格を直してらっしゃい」
「了解!」
最後は私の言葉でストーカーを追い払うことに成功した。
「やっぱり姉さんと空には敵わないよ」
「ふ、ふん。俺が本気を出せば、あんな奴すぐに木っ端みじんだ」
木っ端みじんにしないで、怖いから。
「そんなこと言っている暇があるなら、募金箱をちゃんと持っていろ」
そう言われて気付いた。今の騒ぎのおかげで、なぜか人がいっぱい並んでいる。私が急いで募金箱を差し出すと、次々にお金を入れて行ってくれた。あ、今一万円を入れた人がいたかも。
「空に良いとこ取られた……」
「マッキー、狙うから取れないんだよ」
「二人ともさぼらないで」
夜桜達はお茶を飲むことができるけど、次々に人が並んでいる今、私は募金箱から手が離せません。こうなったら、さっさと終わらせて帰りたい。
それから二時間後、人通りがほとんどなくなったから、私はやっと休憩できるように。もう、私の腕は死にそう。途中から地面に置いちゃった。
「やぁ、今日も頑張って……」
「蒼島先生?」
この人、いつもどうして募金活動の時間を知っているんだろう。恐ろしや。私達だけで決めているのに。
「み、美月さん……その格好はどうしたんだい」
あ、そっか。私ってメイド服なんだっけ。
「気にしたら負けってことでお願い」
「わ、分かった」
「で、先生。今日は手伝うのか?」
夜桜がお茶を飲んで言う。
「朝に他のグループを手伝ったから、疲れたよ」
「何しに来たんだよ」
そーだ、そーだ。何しに来たんだー。
「様子を見に来たんじゃないか」
蒼島先生ったら、そんなに私達のことを心配してくれていたのね。
「じゃないと給……」
「あ、今給料って言おうとしたね? 僕ははっきりと聞いたよ」
「お金がないと生きていけないじゃないか」
開き直った。
「そんなことより、今日はすっげぇぞ。美月も見てみろよ」
時真が募金箱のお金を数え終わったらしく、笑顔でやって来た。箱にはたくさんのお金が入っている。
「今日だけで二十万だ! すごくね?」
「すごいって言うか、奇跡に近いわね」
慧がこの場にいたら、きっと『そんな大金があったら、ゲームがいっぱい買えそう』って言うと思う。
「二十万か。ゲームが死ぬほど買えそうだな」
さ、流石ゲーマー同士。
「こんなに頑張ったんだから、もう今日はやめようよ。このメイド服、すごく暑いし、熱中症になるかも」
「そうだね。姉さんもそろそろ限界みたいだし、今日はここ等辺で解散しよう」
ふぅ、やっとこのメイド服から解放される。
「良かった。君達が手伝えって言うんじゃないかと心配していたんだ」
いちいち本音を言わなくてよろしい。まったく。このままじゃあ、全生徒からあほ島先生って呼ばれちゃうよ?
「と言うわけで、私は今から着替えて来るね。先に帰っちゃって良いよ」
私が歩き出そうとすると、時真が慌てて止めて来た。
「あ、美月、ちょっと待った」
「何?」
時真はズボンのポケットから何やら取り出す。
「い、妹がさ、この前はあまりしゃべらなくてごめんってことで、これをやるってさ」
私にくれたのはかわいいヘアゴムだった。
「かわいい。妹さんにありがとうって言っておいてね」
もらっておいてあれだけど、どうやって使おう。ポニーテイルとか? やってみたことがないから分からない。
「俺はちょっとぴかの家に行ってくるわ。ゲーセンで手に入れたストラップがダサかったからな」
夜桜の言葉を聞いてから、私はみんなに別れを告げてすぐにトイレに駆け込んだ。確か、あの本はカバンにちゃんと入れておいたはず……あった。探してみると、『女の子はかわいい物をもらうと喜びます』と書いてあった。私は別にそうでもないんだけど、喜ぶ人は喜ぶんでしょうね。さっきのストラップもかわいかったから、ぴかさんはきっと喜ぶはず。これはおもしろくなりそうね。
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