線香月 第2話

七月十九日

「で、姉さんは時真の行く末を見届けた後、そのまま扉を閉めたの?」
 昨日の時真の行動を話しながら、私達は学校へ向かっていた。セミの鳴く声がうるさい。ただ歩いているだけでも汗をかく。これだから夏は嫌なのよ。
「うん」
 結局、昨日は勉強ができなかった。それはやる気が失せたせいです。
「今日も由(ゆう)に頼みに来たら面白いんだがなぁ」
 夜桜が言うと、まったく冗談に聞こえない恐怖。
「ないない。ありえない。もし今日、また頼まれたら、きっと近い内に不幸が訪れると思う」
 私は笑いながらそう言って、話題を変えようとした。すると、いきなり肩を叩かれる。後ろを振り向くと、最悪なことに時真がいた。
「いやぁ、昨日はどうもすいませんでした。美月先生、どうか勉強を教えて下さい」
 深々と頭を下げる時真。しまった、不幸がぁ。
「何で私が……って言うか時真、その顔どうしたの?」
 明らかにほっぺたが……。
「別に」
 殴られたんだ。ごめんね。ストーカーがどんな人か、まだいまいち分かってないから。
「で、教えてくれますでしょうか」
 まさか、本当にここまで必死だとは思わなかった。うーん、どうしようかなぁ。ここで断ると、近所での評判が下がるかもしれないよね。この前、近所のおじさんに『もうちょっと人に優しくしなさい』って言われちゃったからなぁ。
「分かったわ。この優しい美月先生に任せなさい」
 私がそう言うと、時真はカバンからプリントを取り出した。
「こっちが昨日の宿題。これは一昨日の宿題なんだけど」
「特別宿題は?」
「もうやったよ、ほら」
 時真が見せて来たのは、まさにクマの特別宿題。忘れずに持って来たのも驚きだけど、ちゃんと問題が解いてあることが一番の驚き。きっと適当に解いたんでしょうね。
「じゃあ、解き方を教えるから……」
 私は歩きながら数学の公式や、英語の文法、更には漢字の覚え方まで教えるはめに。

 学校の門を通った後も、まだ続いていた。よくもまぁ、ここまで宿題を溜められたわね。夏雪と夜桜は、なぜかニヤニヤ。
「わぉ、四人で登校か。珍しいな」
 学校の廊下で、クマに出会う。
「いやさ、美月に勉強――」
「きょ、教室の場所を忘れたらしいの!」
 そう叫び、時真を引きずって必死に教室まで走った。クマに仲良しだって勘違いされたくないんだもーん。
「あ、姉さんって、こんなに運動神経よかったんだ」
 遅れて教室に入って来た二人。夏雪は今にも死にそう。そんなに早く走ったかな。私は何でも平均的な人なのに。夏雪が運動音痴なだけじゃない。
「それで美月、今度はこれが分からないんだ」
 時計を確認し、私はまた教え始めた。頑張れば、朝テストまでには終わりそう。

 なんとか教え終わり、疲れながらもちゃんと授業を真面目に聞いた。相変わらず、ノートが汚い気がする。そして七限目。お弁当をまた食べそびれたクマが教室にやって来た。
「さーて、お待ちかね。お祭りについての話だ」
 やっとかぁ。資金集めがどうとか言っていたけど。
「まず、お祭りの現状を話しておいた方が良いだろう」
 長い話は苦手だなぁ。冷房でも設置してもらわないと、暑さで溶けそう。
「花火職人が近所からいなくなり、資金提供をしていた人も、引っ越してしまったらしいんだ」
 へぇ。もうお祭りやらなくて良いんじゃないの。
「そこでまず、高校三年生の数名に、資金集めをしてもらうことになった」
「夏雪の親に金払ってもらえば良いじゃん」
 私の左隣の生徒が文句を言った。
「おい、誰だ文句を言ったやつ。そう言うやつには宿題を追加だからな」
 クマにそう言われ、文句を言っていた生徒はすっかり黙ってしまった。私も黙っていよう。
「で、屋台作りの木材集めもやってほしいし……とりあえず、四人一グループになって、資金集めか木材集め、それとも屋台作りをしたいか決めようじゃないか。ちなみに、木材集めと屋台作りは、資金集めが終わるまで暇だぞ」
 めんどうな気がするけど、ちょっとおもしろそう。四人一グループかぁ。誰と一緒になるかなぁ。
「じゃあ、名前を呼ぶぞ……」
 いきなりグループ決めが始まった。一人、また一人と名前が呼ばれて行く。残念なことに、ぴかさんとは同じグループに入れなかった。
「次。まずは美月由子」
 名前を呼ばれ、緊張が高まる。神様、どうか一言も話したことのない人とかはやめて下さい。
「夜桜空、朱魏夏雪」
「やった」
 私は小声でそう呟いてガッツポーズ。ありがとう、神様。
「時真牧人」
「えぇ……」
 早速不幸なことが起こりました。
「先生、どうして私達がまきと君と一緒なんですか?」
「牧人だよ、バーカ」
 時真はお黙り。
「先生が決めたことに文句でもあるのか? 先生に文句言っちゃって良いのかな?」
 嫌な先生。
「まぁ、せいぜい俺様の足を引っ張るなよ、仲良し三人組」
 ふん。良いもん。夏祭りが終わるまでの辛抱だもん。
「ほら、静かに。他も発表するぞ」
 発表が終わるまで、私はずっと時真をにらみ続けた。
「これで全員平等に分けられただろ。俺って天才だな」
 発表が終わった後、私達はグループごとに分かれるように移動する。
「と言うわけで、今から数分間、自分達がどの仕事をするか決めてくれ。資金集めか、木材集めか、屋台作り」
 クマが言い終わると、教室が一斉に騒がしくなった。
「僕達はどうする?」
「俺は資金集めが良い!」
 時真が叫んだ。
「俺も同感だ。資金集めは楽そうだし」
「私も異議なし」
「じゃあ、僕も」
 連帯感のあるグループね。
「よっしゃ」
 時真は満足そうだ。別に、あんたの意見でみんなが資金集めに決めたわけじゃないのに。
「もうそろそろ良いだろう」
 数分経って、クマがみんなを静かにさせる。
「資金集めをしたいってグループは?」
 四人を代表して、夏雪が手を挙げた。なぜか、他には誰も挙げなかった。案外、資金集めをしたい人は少ないのかな。暑さに耐えながらお金を集めるという、簡単なお仕事なのに。
「木材集め」
 今度は三人。屋台作りも三人。
「資金集めが一グループ。木材集めと屋台作りが三グループずつか」
 私達が手を挙げなかったら、三組は資金集めなしだったわね。他のクラスはどうなるかな。
「そう言えば、加藤の家はたこ焼き屋だったよな?」
「へ?」
 いきなり呼ばれたぴかさんは、慌てて立ち上がった。確かに、ぴかさんの家のたこ焼き屋さんはおいしいもんねぇ。慧も認めるおいしさだよ。
「えっと、は、はい。そうですよ。うちのたこ焼き屋は、世界一です」
「お家の人に頼んで、お祭りでたこ焼き屋を出せないか、聞いてみてくれ」
「了解です。うちに任せといて下さい」
 いつも明るいよねぇ。高校生で初めてできた女友達かも。美術部だし、料理は上手いし、笑顔はかわいいし。何もかも素晴らしい。
「おう、頼んだぞ」
 クマにそう言われ、ぴかさんは笑顔でイスに座った。
「さてと。一度決めたことは変えるなよ。明日の七限目は、資金はここ三組。木材は二組。屋台は一組に集合な」
 えぇ、私達だけ移動しないじゃん。ずるいよそんなの。一度くらい、違うクラスに行きたかったのに。
「後は……このプリントを親に渡しておいてくれ」
 配り終えると、素晴らしいタイミングでチャイムが鳴った。
「このままホームルームに突入。黒板に書いてある各先生からの宿題は、ちゃんと持って来いよな。後、明日は夏休み前日だから、学校に着いたら体育館に集合」
 三回目なんだから、それくらい分かっていますよ。あぁ、明日はどうせ山盛りの宿題が渡されるんだろうなぁ。お祭りのこともあるし、宿題のこともあるし……神様ぁ、なんとかして下さいね。

「姉さん、帰らないの?」
 必死で黒板に書かれた宿題の範囲をメモ帳に書き写していると、二人が近寄って来た。
「待って。もうすぐ書き終わる」
 私は汚い字で必死に書いた。自分で読めるかどうか心配。
「ふぅ、終わった。それにしても、資金集め楽しみねぇ」
「はっはっは。この俺がいれば、何万……いや、何億円でも手に入るぜ」
「時真、人生そう甘くないのよ。現実を見なさい」
「へいへい」
「ほらほら、そろそろ帰るよ」
 夏雪がそう言ったので、私達は帰り支度を済ませて教室を出た。
「僕、お祭り楽しみだよ。でも、宿題がいっぱい出そうだなぁ」
「それは当り前だ」
 夏雪の言葉に夜桜がツッコミを入れる。
「計画的に過ごせば大丈夫よ」
 慧みたいに、一週間で終わらせるのも良いと思う。その代り、体を壊すけどね。
「俺は宿題やらないぜ、いっつも」
「それは不良よ、まきと君」
「まきと君って呼ぶなよぉ」
 よし、これからはまきと君って呼ぼうっと。
「ちゃんと毎日勉強できる子になったら、まきと君って呼ぶのをやめるわね」
「ひっでぇ」
 ひ、ひどくないわよ、私は。心の優しい乙女です。
「それじゃあこの後、夏雪の家に集合だ。来なかった奴は次の日、俺の宿題を代わりにやれ」
 恐ろしや。わざわざ宿題を増やすなんてごめんだわ。
「俺、夏雪の家がどこにあるのか知らないんだけど」
「まきと君って風邪引いているんでしょ? 家でゆっくり休みなさいよ」
「ふん。もう治ったし」
 なら、その鼻水は一体何でしょうか。
「どうせ家が近くだし、俺が連れて行く。マスクを持って来るのを忘れんなよ、風邪引きまきと君」
 夜桜にまで言われてむかついたのか、返事もせずに帰って行った。
「私も急いで帰って準備しないと。また後でね、二人とも」
 私は二人を置いて、先に走り出した。夏雪の家は、駅の近くの山の入り口にある。つまり、夏雪の家に一番近い私が、一番乗りできるチャンスなのよ。ちなみに、山の奥に三軒ほど別荘があるらしい……。

 夏雪の家に着くと、見慣れないメイドさんが出迎えてくれた。夏でもメイド服を着る根性を見習いたいな。
「どうぞー、お嬢様。こちらですよぉ。空坊ちゃんと牧人坊ちゃんはまだみたいですぅ」
 海外にでも来た気分になっちゃう。だって、普通メイドさんなんていないでしょ。まぁ、こんなに陽気なメイドも珍しい。前はすごく真面目な人だったけど、変わったのかな。
「姉さんが一番乗りだなんて」
「何よ。一番じゃ駄目なわけですか」
 部屋に案内されると、すぐに夏雪が出て来てくれた。夏雪は残念ながら、メイド服ではなく、ズボンにシャツを着ている。学校では眼鏡はかけないけど、家では眼鏡をかけるらしい。あのオレンジ色の眼鏡、慧のかけている眼鏡と色違いです。
「そろそろ二人も来るかなぁ」
 そう言って、窓から外を見る夏雪。クーラーをつけているから、窓は開けなかった。
「あ、やっぱりご到着みたいだ」
 私も外を見ると、夜桜と時真が門の前に見えた。何やらもめている様子。
「こいつ、俺のゲーム機に触りやがった」
 部屋に入って来るなり騒ぎ始める夜桜。
「俺の手に風邪ウイルスでもついているってのか!」
 案外ありえるかも。風邪、うつされそう。
「空も牧人も落ち着いてくれよ」
「そうよ。宿題でもして気を落ち着けましょう」
「っちぇ。美月のバーカ」
 私は時真の言葉を無視し、いつも通り大きなテーブルの上にカバンを置き、私の特等席に座った。
「さて空、その目は何だい?」
 さっきから夏雪をにらんでいる夜桜。怖いです。
「もしかして、新しいゲーム機を買ってくれってこと?」
「正解だ」
 あっさりとうなずく夜桜。
「俺が触っただけで、そんなことまでするのかよ!」
 怒る時真。
「わ、分かった……夏休みの間に買っておくさ……」
「冗談だ」
 夜桜が言うと、冗談に聞こえません。
「俺はこの家を探検したいんだけど」
 どこの小学生よ。
「別に良いけど、兄弟に風邪なんてうつさないでね。後、猫が七匹いるから注意して。たまに踏んじゃう人がいるんだ」
 ごめんなさい。始めて来た時、思い切りしっぽを踏んじゃった。三回くらい。
「オッケー。ちゃんと注意すりゃ良いんだな」
 そう言うと、さっさと部屋から飛び出して行く。
「アンジェラさん、心配だから彼の後をついて行って」
「はい、分かりましたぁ。お任せ下さいまし。はぁ、めんどくさいぜぇ……」
 私達を部屋まで案内してくれたメイド、アンジェラさんは、文句をブツブツと言いながら時真を追いかけ始めた。あの人、メイドさんだよね?
「新人さんなの?」
「前の人がさ、猫アレルギーでついにノックアウトしちゃったんだよ」
 夏雪にそう言われて納得。毎回くしゃみをしていたっけ。
「さて、そろそろ宿題を始めましょうか」

 宿題を終わらせた私達。夏雪は読書、夜桜はゲーム機を借りて、ゲームをしている。未だに時真は戻って来ない。迷子にでもなったのかな。
「流石に迷子になるような家じゃないし、アンジェラさんがいるから大丈夫だよ」
 ど、どうして私の考えていることが分かったの。
「この家、地下室とかあったよな」
「うん。猫がそこでよく寝ているよ。それがどうかした?」
「猫の餌になってんじゃねぇの」
 冗談なのは分かるけど、やっぱり夜桜が言うと怖い。猫って、人間を食べることってあるのかな。その時、部屋の扉がノックされる。
「失礼いたしまーす」
 あわてた様子で入って来たアンジェラさん。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「どーしたもこーしたもありませんよぉ。牧人坊ちゃんが、大変なのです!」
 時真が大変ってことは、やっぱり猫に食べられちゃったのかな。
「牧人がどこでなぜ大変なのかを言わなきゃ、分からないだろ」
 そう言いながらも、ゲームから目を離さない夜桜。流石です。
「地下室で猫に襲われていますです」
 あら、本当に襲われているんだ……。

「おーい、牧人。大丈夫かい?」
 夏雪を先頭に、地下を進む私達。懐中電灯の灯りが今にも消えそうで怖い。幽霊とか出たらどうしよう。幽霊なんて見たくないもん。
「助けてくれぇ! 殺される」
 近くで時真と猫の怒った声が聞こえたけど、姿が見えない。
「電気を点けるね」
 懐中電灯の灯りを頼りに、地下室の電気を点けた夏雪。おかげで、時真の姿が見えた。七匹の猫に追いかけ回されている。なんて微笑ましいんでしょうか。
「ほっといても良いんじゃない?」
 私がそう言うと、二人ともうなずいてくれた。アンジェラさんに関しては、大爆笑中。
「ちょ、ま、待て。俺が殺されても良いのかぁ」
 戻ろうとする私達の元に、時真が駆け寄って来た。猫と一緒に。
「ねぇ、まきと君。あんた家に何か飼っている?」
 あまりにも猫が威嚇するので、気になって聞いてみた。ちなみに、私は猫を四匹飼っています。そのおかげか、ここの猫ちゃん達は私に仲間意識を抱いているみたい。
「犬を一匹……それが何か?」
「それを早く言ってくれよ。僕の家の猫、犬のにおいが嫌いなんだ。とりあえず、部屋に戻ろう」
 部屋に戻る間も、ずっと猫ちゃん達は威嚇を続ける。
「あ、いけない。私そろそろ帰るね」
 部屋の時計を見ると、なんともうすぐ六時。夕食に遅れたら怒られちゃう。
「えぇ、もうちょっとゆっくりしろよ」
 いつからここは時真の家になったんだろう。
「牧人も帰ったらどうだい? 風邪なら、ゆっくり休んだ方が良いと思うんだ」
「いや、今から宿題やりたいんだけど」
 探検なんてするからこうなるのです。
「今日は僕が勉強を教えるから、姉さんはもう帰って良いよ」
「ありがとう。まきと君は、せめて薬くらい飲みなさいよ」
 私はカバンを拾い上げ、部屋から出ようとしたけど、夜桜に止められた。
「今日、携帯のメールアドレスを交換するって言ってなかったか?」
「あ、ごめん。そうだった」
 この前、やっと携帯買ってもらったんだよね。きれいな水色の携帯。なんと、防水機能があるらしい!
「奇遇だぜ。俺も携帯持って来ているんだ」
「奇遇って……怪しい」
 時真にそう言って、私は近くにいた夏雪に携帯を貸した。
「ほ、本当にたまたまだって」
 嘘が下手ですねぇ。
「うわ、六時前だ。もう私本当に帰るね。携帯は明日学校で渡してよ。後、時真には絶対に渡さないでよね。それじゃあ」
 夜桜と夏雪にそう頼んで、私は今度こそ部屋を出た。玄関に着くと、アンジェラさんが待っていた。
「お帰りですかぁ?」
「うん。またね」
「アディオスでーす」