線香月 第11話
八月二十日
「ここが金魚屋さんになるの?」
太陽が照りつける中、屋台の配置図とにらめっこしている私。
「違うって。そこはヨーヨー釣りの店だ」
「じゃあ、こっちが金魚屋さん?」
「そっちはスーパーボールの店だぞ」
この配置図、絶対に間違っているわ。
「なら、あれが金魚屋さんなのね」
「焼きそば屋だよ。頭どうにかしてんじゃねぇの」
時真が、担いでいた木材を一旦地面に下ろしてそう言った。
「だって、どこがどの屋台になるのかがまったく分からないんだもーん」
もっとまともな配置図を作ってほしかったなぁ。
「『だもーん』じゃねぇよ。後、それ逆さまだぞ」
「あ、本当だ」
なるほど。だから全然分からなかったんだね。金魚屋さんは反対方向にあったんだ。こんなことにも気付かないなんて……あぁ、恥ずかしい。なかったことにしよう。
「にしても、何でそんなに金魚にこだわるんだ?」
「慧が金魚を飼ってみたいんだってさ」
金魚と言えば、水槽の水を変えるのが面倒だって聞いたことがある。餌は簡単にあげられると思うけどね。ただ心配なことと言えば、金魚が猫に食べられないかってこと。もし食べられたとしたら、廊下に無残な金魚の……。
「祭り、楽しみだなぁ。去年までは花火だけのしょぼい祭だったからよぉ」
「前にも同じこと言ったよね。毎年見に行っているの?」
「もちろん、暇だし。去年は妹と一緒に行ったけど、今年は俺じゃない男と見に行きそうだぜ」
涙目な時真。京子ちゃんも恋する時期なんだよねぇ。
「親とは見に行かないの?」
「母上は仕事で行けないのだ」
いきなり口調変えた。
「共働きってことよね?」
「父上は去年、ちょっと旅に出て行方不明なのだ」
去年……時真の成績が下がった年よね。
「離婚したの?」
「遠まわしに言うと、どこか遠くへと消え去って行ったのだ」
ほう。つまり、離婚ってこと?
「お父様にまた会いたい?」
「うむ」
「今住んでいる場所を知っているなら、会いに行きなよ。夏休みだし、暇潰しになると思うよ。それと、今年の夏祭りはお父様とも一緒に行けばいいじゃない」
笑顔でそう言ったのに、時真はうれしそうじゃない。どうしたんだろう。
「別にいーよ。会いたくないし」
「さっきは会いたいって言ったくせに」
素直じゃないなぁ。
「え、何? 聞こえなかった。もう一回言って」
な、何よその態度。
「じゃあ、お父様ってどんな人だった?」
「平日には仕事帰りに勉強を教えてくれたりとか、休日には家族でお出かけしたりとか。まぁ、馬鹿みたいに明るかった」
優しいお父様だぁ。私のお父さんも、寒い時には焼き芋、暑い時にはアイスを買って来てくれるんだよね。仕事で疲れている癖に。
「やっぱり会いたいんじゃないの? 探すのを手伝うよ、私」
「いや……もう死んじゃっているから無理だ」
「え……」
わ、私ったら、馬鹿みたい。
「ご、ごめん。亡くなっていたんだね……」
「気にしなくて良いって。あ、もしかして、疾風と京子は父親がいないって共通点があるから仲が良いのかもな」
明るくふるまう時真。すごく悪いことをしちゃった。私も明るくふるまわなきゃ。
「そうかもね。今も二人は仲良しなの?」
「そこに慧も加わって、仲良し三人組だぞ」
そう言われて、私は慧の方を見てみる。夏雪と夜桜を手伝っているみたい。
「どうして慧が?」
男の子と遊ぶことが生きがいなのに、女の子と仲良くするなんてねぇ。
「俺にもさっぱり分からんよ」
もしかして、友達の友達は友達とか思っているのかな。もしそうだったら、感激。私の弟がそこまで優しく成長しているなんてね。
「おいおい、そこの二人。口を動かすんじゃないぞ。手足を動かせ」
「いったぁ」
クマに後ろから叩かれる私達。
「卑怯よ、後ろからなんて」
「ふん。先生には後ろから叩く権利があるんだよ」
そんな権利、聞いたことありません。
「クマも手足を動かせよ」
「じゃあ、美月と時真も手足を動かせ」
永遠に同じ会話が続きそうなのは気のせいかな。
「クマが先に手足を動かせって」
「いや、だから先に二人が――」
「あっちに思音ちゃんがいるよ、クマ」
嘘だけどね。
「え、マジかよ。俺はもう行くから、きっちりと手足を動かそうな」
クマは嘘の情報を信じ、そのまま私達の前からいなくなった。
「戻って来たら説教が始まりそうだな。早く作業に戻ろう」
時真は置いていた木材を抱え直した。
「そうだね」
私も元の作業に戻ることに。まぁ、どこがどの屋台なのかが分かるよう、地面に名札を置くだけなんだけどね。それでも誇りを持ってやるよ。
「ん、由子、みーつけた」
「うわ、気持ち悪い言い方しないでよ」
満面の笑みを浮かべる神崎護衛。
「そ、そこまで言わなくても……」
気持ち悪かったんだからしょうがない。
「それよりさ、花火のこと知っているよね?」
「花火がどうかしたの?」
花火職人はまだ見つかってないって、この前慧に聞きましたけど。
「見つかったんだよ、職人が」
「すごい。良かったじゃん」
まだ何か言われ足りないのか、神崎護衛は笑顔のまま何も言わない。
「まだ他に何かあるの?」
「花火職人、誰だと思う?」
質問を質問で返さないでよね。
「え、えっと……」
「はい、時間切れ。ざんねーん」
そのしゃべり方をやめなさい。
「で、誰なの?」
私がそう聞くと、神崎護衛は自分を指差した。どういう意味かな。
「も、もしかして、神崎護衛が花火職人?」
「いや、僕の親父が花火職人」
どうして自分を指差したのでしょう。
「そう言うことね。それなら納得できる」
「どういう意味?」
「そのままの意味です」
私は作業に戻った。ふむ、ここが金魚屋さんみたいね。
「ねぇ、僕の家族のこととか聞きたくない?」
「お断りします」
数週間前までは、一言も話しかけて来なかったのに。最近はうるさい。
「僕が由子と出会った時の話をするね」
か、家族の話はしないのね。
「やっぱり良いや」
「邪魔しに来たんだったら帰ってよね」
「由子と出会ったのは、僕が小学三年生の頃だよ」
結局は話すんですか、そうですか。私は作業をしながら聞かせてもらうとしましょうかね。
「毎日兄貴から『お前はロリコンだ』とか言われていてさぁ。あ、兄貴は母さんと一緒に出て行ったんだけどね」
そのお兄さんは正しい。
「まぁ、かわいい美少女を探していたんだけど、ある日、ついに公園で由子を見つけたんだよ」
えっと、ここが焼きそば屋さんだったよね。
「今でも覚えているんだ。由子が、天使みたいな笑顔で他の子供を殴ってい――」
「わ、私はそんな恐ろしい子供じゃなかったわよ」
覚えてないから分からないけどね。あ、ここはたこ焼き屋さんだ。ぴかさんのお店かなぁ。
「本当だって。せっかく作った砂のお城を壊されて怒ったんだよ。笑っていたけど」
そう言えばそんなことがあったような気がする。
「そうだ、思い出した」
私が昔のことを思い出すなんて、滅多にないことよ。
「え、どこに行くの?」
「神崎護衛はそこで待っていて」
そう言って、最後の名札を地面に置き、時真のいる場所へと走る。
「ねぇ、時真」
お茶を飲みながらのんびりと休憩していた時真に話しかける。
「何だぁ?」
「すごく小さいころにさ、誰かに殴られたことない?」
少し考える時真。
「何でそんなこと聞くんだよ」
「とにかく質問に答えなさい」
「ない……いや、あったかな」
もぉ、記憶力悪いなぁ。
「近所にセマイ公園があるでしょ? あそこで殴られたことは?」
「美月にとっては近所だろうけど、俺にとっては結構遠いんだからな」
つまり殴られたことはないってこと?
「じゃあ、やっぱり私の勘違いかなぁ」
私が殴ったのは、時真だと思ったんだけど。
「あぁ、セマイ公園か……砂場で下手くそな城を作っていた女の子になら殴られたことあるかも。てか、何でそんなこと聞くんだ?」
へ、下手くそな城……。
「あははは。別に何でもないの。気にしないで。それより、前方注意」
「はい?」
首をかしげる時真のお腹に由子パンチをお見舞いする。
「……あの女の子って美月だったのかよ……いてぇ」
「思い出してくれればそれで良いのよ」
さて、みんなの様子を見に行きましょうかね。
「俺は被害者だぞ。謝罪もなしかぁ?」
「ちなみに、俺も被害者だよな?」
げ、クマだ。
「おい、何だその顔は。『げ、クマだ』とか思っているんじゃないだろうな」
「正解。すごいね、当てるなんて。それじゃあ、私はこの辺で……」
そう簡単に逃げられるはずもなく、すぐにクマが前に立ちはだかる。
「説教を受ける準備は?」
「お、オッケーです」
私と時真は同時にそう言った。はぁ……長い一日になりそう。
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