俺と犬

「俺ってさ、嫌われ者なのかな?」
「そんなことないと思うよ」
 この質問にこう答えてくれるのは沙希だけだ。俺はやっぱり嫌われてるんだろうか。
そんなことを考えながら、俺は家に向かって歩いていた。すると、いつもは何も置いていない道端にダンボールがあった。
気になって中を見てみると、中には一匹の小さな犬がいた。
「おいおい、どうしたんだお前。もしかして捨てられたのか?」
 その犬は、捨てられているということを感じさせないぐらい元気で可愛かった。
「悪いけど、俺んちはアパートだからペット禁止なんだよな。何もしてやれなくてごめんな……」
 俺はそういうと、何事もなかったように家に向かって歩き出した。あの犬には悪いが、俺にはどうすることもできない。

 家に帰ってからこのことを話したら、やはり予想通りの返事が返ってきた。
「駄目に決まってるでしょ」
「なんか俺にできることってないのかなぁ」
「そんなに気になるならエサでもあげてきたら?」
「それいいね! 母ちゃんありがとう!」
 俺は家を飛び出して、近所のスーパーに寄った。安いけど質のよさそうな物をいくつか買い、急いでさっきの場所に向かった。
 誰かが拾ってくれていることを少しばかり期待したが、犬は見つけたときと同じようにダンボールの中にいた。
「さっきは見捨てて悪かったな。ほら、お前のためにご飯を買ってきたぜ」
 俺はスーパーの袋から出した缶詰をあけて、持ってきたスプーンで食べられるように出してあげた。
お腹が空いていたのか、犬は嬉しそうに食いついてくれた。
「うまいかー? これからも毎日は無理かもしれないけど、お前がいる限りはこうやって来てやるからな」
 相変わらず犬は美味しそうに食べている。
「そういえば、まだ名前付けてなかったな。よし、お前の名前はサトシだ」
 名前に特に意味はない。ただ思いついた名前がこれだった。
「もうお腹いっぱいになったか? それじゃあ俺はそろそろ家に帰らないと。じゃあまた明日な!」
 ほんとは飼って一生懸命世話をしたいところだけど、今はこうすることしかできない。サトシ、また明日会おうな。

 俺は学校でサトシのことを沙希に話した。
「俺、昨日捨て犬を見つけたんだ。それで俺さ、誰かが飼ってくれるまで毎日世話してあげることにしたんだ」
「さすが蜜男! 私もその犬見てみたいな」
「それなら、学校が終わったら一緒に行こうぜ」
 そして学校が終わると、俺は沙希と一緒にサトシの元に行った。
「サトシー、元気にしてたか?」
 サトシは嬉しそうに吠えた。
「この仔がサトシ君? 可愛いねー」
 沙希はそういうと、サトシの頭をなでた。サトシはとても嬉しそうだ。
「ほら、またご飯を持ってきたから食べろ」
 ばれないように隠し持って来た缶詰をかばんから取り出し、俺は昨日と同じようにあげた。
「私が世話できたらいいけど、うちにはすでに犬が一匹いるから……」
「誰か飼ってくれる人現れないかな」
「じゃあさ、チラシでも作ってみたらどうかな?」
「それいいな! じゃあ後で俺んちに来て一緒に作ろうぜ」
 沙希は先に家に帰った。俺はサトシがお腹いっぱいになるまでエサをあげてから急いで家に帰った。

「いらない紙たくさん持ってきたよ」
 俺が家に帰ってしばらくしたら、沙希がたくさんの紙とペンを持ってやって来た。
「おう! じゃあさっそく作ろうぜ」
 チラシの内容はこうだ。

 犬の里親を探しています。名前はサトシです。
 とっても可愛く元気な犬です。
 もし少しでも検討してくれる方がいれば、霧島蜜男か近藤沙希までお知らせください。

「できたー」
「よし、これを学校のみんなや近所の人に配るとするか」
「私も協力するからね」
「あぁ、これでサトシを飼ってくれる人が見つかるといいな」
 俺はさっそく近所の人や、友達にチラシを配った。

 次の日、学校ではサトシの話で盛り上がっていた。
「飼ってあげたいなぁ。でもうちペット禁止だし」
「俺んちも」
「私の家では猫飼ってるからもう無理だよ」
 俺はすごく嬉しかった。この調子で里親も見つかるといいな。
「お前なに犬ごときにムキになってんだよ」
 沙希とサトシのことを話していたら、ツトムが話しかけてきた。
「なんか文句あんのか?」
「あぁ、大有りさ。お前のせいで学校だけでなく近所の人までもが犬の話で持ちきりなんだぞ」
 俺にはツトムがここまで怒る意味がわからなかった。
「なんでそんなことで怒るんだよ」
「なんだっていいだろ!」
 ツトムは教室から出て行ってしまった。
「なんなんだよあいつ」
「なにか理由があるんじゃない?」
「それにしてもあの怒りようは異常だぜ」

 学校が終わり、俺は沙希とサトシを見たいという生徒と一緒に会いに行った。
「ほんと可愛いねー」
「だろ? なんでこんなに可愛い犬を捨てたんだろうな」
「ほんとそうよね。信じられない」
 しばらくみんなでエサをあげたりポスターを配ったりしていた。
「まだこんなことやってんのか」
 家に帰ろうとしたら、またツトムが話してきた。
「なんで人のやることにケチつけるんだよ」
「いい加減にこんなことするのやめろよ」
「なんでやめないといけないんだよ」
「……」
 ツトムは黙ってどこかに行ってしまった。
「マジでなんなんだよあいつ」
 結局今日は里親は見つからなかった。

 数日後、俺の元に嬉しい知らせが届いた。
「蜜男ー。沙希ちゃんから電話よ」
 なんだろう。サトシになにかあったのかな……。
 母ちゃんから受話器を受け取り「もしもし」と言う。
「蜜男! ついにサトシ君の里親が見つかったよ!」
「ほんとか!? 今すぐそっちに行くから待ってろな」
 ついにサトシの里親が現れたと思うと、俺はとても嬉しかった。
でも反面、もう会えなくなるという悲しさもある。

 急いで沙希の家に向かうと、そこにはなぜかツトムがいた。
「なんでお前がいるんだよ」
 沙希がツトムを見てから俺に言う。
「柊君がね、さっき言ってた里親なんだよ」
 なんだって? 今まで散々文句を言ってたやつが里親だなんて信じられない。
 ずっと黙っていたツトムがついに口を開いた。
「今までずっと黙ってたけど、あいつ実は俺んちで飼ってたんだ」
「は? それじゃあお前がサトシを捨てたっていうのか?」
 ツトムはうつむきながらも続けた。
「俺が飼ってたとき、あいつ結構やんちゃでさ、親が迷惑してたんだよ。だから仕方なく……」
「それだけの理由でサトシを捨てたっていうのか?」
「ほんとに悪かったと思ってる。お前たちが必死になって里親を探してたときは嫉妬してしまってつい……」
 ツトムの目には涙が浮かんでいた。
「ツトム……」
「でもさ、やっぱり俺思ったんだ。やっぱりあいつのことが好きなんだって。
だから俺、親を説得してあいつを一生懸命育ててやりたい!」
「お前……。めっちゃいいやつだな!」
 俺とツトムは抱き合った。沙希が俺たちの肩にそっと手を添える。
「二人ともよかったね」

「俺ってさ、嫌われ者なのかな?」
「そんなことない。あんたはとっても好かれてるわよ」
 母ちゃんが言うんだからそうなんだろうな。
 今考えると、自分でも俺は好かれてるんじゃないかなってときどき思う。
なぜかって? だって俺には大切な仲間がいるんだから。